前年度までの進捗状況に鑑み、研究実施計画を一部見直した上で、本研究課題が対象とする時代(①1800年前後、②19世紀前半、③19世紀後半)のうち、とくに②・③についての研究調査を進めた。 ②については、「嘘と真実」をめぐる政治的・哲学的主題系の文学的・美学的展開を、19世紀オーストリアを代表する劇作家F・グリルパルツァーの実作に即して考察する学会発表をおこなった。考察にあたっては、比較検討のための補助線として、劇作家自身が依拠する17世紀のバロック文学の規範と、20世紀の文学および哲学の言説を参照することで、言葉の持つ現実構築的な性格への問題意識が、前近代から近代にかけての文学に途絶えることなく伏流している実態が観察された。一連の考察を通じて、本研究課題が想定する公共圏の文化史的前提の一つである「虚構性」の問題に「嘘と真実」という観点からアプローチする視座が得られたことは、本発表の貴重な成果だったといえる。 また、同じく②について、ドイツ語圏では「三月前期」と呼ばれるこの時代の政治的・社会的・文化的状況を包括的に記述した最新の研究書(ドイツ語)の紹介記事を執筆し、学会誌に寄稿した。同書のような重要なスタンダードワークの紹介は、国内の研究の将来的な発展に大きく貢献することが期待される。 さらに、②・③を横断する研究として、「世界文学」と「コスモポリタニズム」というキーワードのもと、19世紀の作家たちが国内および国際的な文学市場との関連で抱いていた自己理解について検討する学会発表をおこなった。J・W・ゲーテ、K・グツコー、B・アウエルバッハという三人の作家を例に、通常は対立的に捉えられる「世界文学」と「国民文学」の言説が、19世紀においては相互補完的かつ相似的な関係にあったことを示した本発表の意義は、当時の公共圏の機能を国内的かつ国際的な地平で考えるための展望を開いた点に認められる。
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