本研究課題は、ルソーの諸作品に描かれる父親と、18世紀フランス文学作品に描かれる父親とを比較検討し、「ルソーにおける父親像」の特徴を明らかにした上で、18世紀フランスという時代のなかで変化する「父親」の社会的役割との関係、つまり「ルソーにおける父親像」誕生の歴史的意味の解明を目指している。 本研究課題の最終年度にあたる令和5年度は、前年度までの研究成果を踏まえつつ「ルソーにおける父親像」に歴史観という視点を取り入れて考察した。具体的には、17世紀末から18世紀初頭にかけて行われた新旧論争、すなわち古典古代の価値の再認識がルソーにいかなる影響を与えたのかという問題意識から、ルソーにおける古典古代と父親像との関係を検討した。 これまでの研究で明らかにしたように、『新エロイーズ』には「暴君たる父親」と「善良な父親」の混在、そして「善良な家長」へという父親像の展開がみられる。これは、歴史学者や社会学者が示した「近代家族」の誕生と一致する。一方、ルソーの父親像を支えている「根本原理」は「進歩による衰退」、つまり進歩史とは遡行的な歴史観を持っている。ルソーは『学問芸術論』をはじめとする諸作品において、人間の進歩や文明の発展を懐疑的に見つつ「進歩による衰退」を主張すると同時に、古典古代を高く評価している。古典古代を理想に掲げることで、絶対王政の支柱となったキリスト教的な歴史観からの脱却を試みたのである。このように、進歩や発展を否定する「根本原理」を適用した結果、近代的な父親像が誕生した、という逆説的な図式が明らかになった。 これらの研究成果は、ローマ・サピエンツァ大学で開催された国際18世紀学会(7月)において報告した。また、本研究課題の最終成果については、国際会議における口頭発表や国際学術誌への投稿論文を通して国内外に広く発信し、18世紀フランス文学研究に新たな知見をもたらしたい。
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