本研究は中国南宋時代の志怪小説集である『夷堅志』を中心に取りあげ、『夷堅志』における動物関連の説話を選出して分析を行う上、北宋初期までの説話を集めた官撰小説集である『太平広記』の動物説話との比較、及びこれらの説話の日本における受容を分析した。
最終年度である本年度は、『夷堅志』に見られる動物説話についてデータを収集し、特に疫病鬼神と関連するものに注目した。本書に記された疫病鬼神を人間の形で登場するものと、動物の形で現れるものに分類した上、人間の形で登場する疫病鬼神は正と負のイメージが両方混在しているという多様な表象が確認できるが、動物の形で現れる疫病鬼神は、人間に災いをもたらす負の疫鬼が多い特徴を明らかにした。さらに、土地神と交渉し、その地で行疫する疫病鬼神を記す説話群を取り上げ、疫病鬼神と土地神との攻防の様相、及びその深層的背景について考察した。そして、疫病を流行らせる疫鬼を奇妙な護符によって退治させたという異僧符説話(『夷堅乙志』巻五)が日本に伝わり、明代の類書『群談採余』と『夷堅志』の和訳本『夷堅志和解』を通して、江戸時代の文学、医学関連資料および民間信仰など広く影響を与えた事例を分析した。以上の分析と関連して、西尾市岩瀬文庫、大阪府立中之島図書館で資料調査を行った。 以上の考察と調査で得た知見は、論文「『夷堅志』に見られる疫病鬼神と日本における受容」(2022年)にまとめた。『夷堅志』の説話は、怪談や日記、医書、日用類書、浮世絵、石像など様々な形で江戸時代の文人と庶民の間で広まったという、日本における『夷堅志』説話受容の一端、及び疫病退治をめぐって多様で柔軟な文化が存在していたことを究明し、中国の知識が日本に伝わり、日本化する多層的な過程を例示した。
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