本年度は、マヤ諸語や琉球諸語における格配列および分裂能格性に関する研究を行った。特に、節境界を越える一致現象に焦点を当てることにより、分裂能格性における格配列のメカニズムおよび言語間変異を正確に予測・説明できる理論の構築を目指した。 昨年度の予備調査により、カクチケル語において、アスペクトマーカーを有する節主語を超えた一致現象(長距離一致)が存在することが明らかになった。当該現象の精査を進めた結果、長距離一致が生じる環境において、これまでに報告されていない分裂能格性の配列が見られることが分かった。具体的には、ある統語的条件が満たされた際、節主語内の複数形名詞が、節境界を越えて主文動詞と一致関係を結ぶというものである。また、複数形名詞が節主語内の主語か目的語であるかどうかに応じて、能格人称標識が標示する文法関係が変化するということも明らかになった。さらに、カクチケル語の長距離一致では、一致を引き起こす名詞句に対して人称・数に関する制限が課されていることも明らかになった。長距離一致に関与する節主語自体はアスペクトマーカーを持ち、通常の能格型配列を示すため、長距離一致に関する研究は、本研究の目的である分裂能格性の発生メカニズムの解明にも寄与することが期待される。 以上に加えて、喜界語のエビデンシャリティーに伴う名詞化と日本手話の一致現象に関する研究も行った。比較統語的観点から分裂能格性、名詞化、一致現象を検証していくことが重要であるため、マヤ諸語以外の言語に関する研究も行った。 研究期間全体を通しての研究成果は次のように纏められる。カクチケル語と喜界語の比較統語研究を中心に、分裂能格性が先行研究で主張されてきたような独立した規則から導かれるのではなく、各言語の統語的要因、特に異なる節タイプの統語的特性や語彙の意味的特性から派生される副次的な現象であることを示した。
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