近代日本では、正字と俗字ともに規範的字体として使用されていた。例えば、「閒」が正字、「間」が俗字であるが、近代日本では「閒」という字体はそれほど多くの資料に見られるというわけではなく、俗字の「間」の方が広く使用されていた。本研究課題では、近代日本で規範的字体が複数存在する漢字についてその使用実態を調査することが目的の一つである。そこで、本年度は以下の2つの資料を対象として正字の字体を調査した。 (1)戦前の国語政策における漢字表 近代には、国語政策の一環として漢字表が複数回発表されている。その漢字表においてどのような字体が使用されているかを明らかにすることで、近代日本における規範的字体の使用実態の一端を明らかにすることができると考え、調査を行った。その結果、いずれの漢字表においても俗字が見られること、特に字体の標準を示す漢字表である大正8年「漢字整理案」、昭和13年「漢字字体整理案」、昭和22年「活字字体整理案」では俗字が調査対象漢字の約半数見られることが明らかになった。 (2)戦前の中学漢文教科書 正字と俗字の使用実態を明らかにするため、1881年から1944年までに刊行された中学漢文教科書21種を対象に調査を行った。その結果、1800年代の漢文教科書では俗字の使用が多いものがあるが、次第に正字の使用が増加するようになることが明らかになった。また、おおむね1910年代までの漢文教科書では1つの漢字に対して複数の字体が使用されることがあったが、1920年代以降は1つの漢字に対して一貫して同じ字体を使用する傾向が見られることが明らかになった。なお、漢文教科書の調査結果については現在論文を執筆中である。
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