2019年度(最終年度)は【1】「抜き出しの可能性に関する名詞句省略と項省略の通言語的な記述」を中心に研究を進めた。メールを介した言語資料収集に加えて、9月に米国コネティカット大学に滞在し、Zeljko Boskovic氏の協力を仰ぎながら言語学科の大学院生に依頼をして言語資料の収集を行った。名詞句省略に関しては、英語の名詞句省略が示す特異な抜き出しのパターン(wh移動による抜き出しは許されないが、量化詞繰り上げによる抜き出しは許される)は、他の言語(ドイツ語・イタリア語・ブラジルポルトガル語など)の名詞句省略では観察されないことが明らかになった。具体的には、調査を行った言語の名詞句省略に関しては、当該の省略位置からwh移動による抜き出しが可能であり、通言語的に英語の名詞句省略が示す抜き出しのパターンは非常に稀有なものであることが明らかになった。従って、最終年度の研究により、「なぜ英語の名詞句省略のみが特異な抜き出しのパターンを示すのか」という新たな研究テーマを見出すことができた。項省略に関しては、シンガポール英語を中心に新たな記述を進めた。調査の結果、2017年度の博士論文で記述研究を行った日本語・韓国語・中国語・トルコ語・モンゴル語の項省略位置からの抜き出しのパターンとは異なり、シンガポール英語の項省略位置からは顕在的な抜き出し(wh移動)も非顕在的な抜き出し(関係節における空演算子移動)も一様に許されない可能性が高いことが明らかになった。まだ他の種類の移動も検討する必要があるが、もし上記の可能性が事実だとすると、シンガポール英語でこれまで項省略と呼ばれている現象は、理論的には空の代用形(pro)である可能性が高く、通言語的に項省略現象を検討する重要性が再度浮き彫りとなった。
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