本研究はドイツの大学院でヴァイオリンを専攻する日本語を母語とする大学院生と、ドイツ語を母語とする教授の間で行われるレッスンの会話を研究対象とする。楽器演奏を媒体とするコミュニケーションは特殊性が高いが、音楽家の育成にドイツ語教育という側面から貢献するという意味において、いわゆる「特定目的のためのドイツ語教育」に該当する。
本研究で対象とする学生は、大学入学以降にドイツ語学習を開始し、データ収集時にはB2レベルと推定された。近年、音楽留学する学生に要求されるドイツ語レベルがB1以上というのが主流となりつつあり、演奏技術の高さに加えて、語学力を強化することは非常に重要な課題となっている。そのような背景を踏まえても、留学している学生が受けているレッスンの会話を分析するという本研究の方向性は、ドイツ語圏の大学に音楽留学をしたい、あるいはドイツ語圏のオーケストラに就職したいと考える学生、およびそのような希望をもつ学生を指導する先生方のニーズにも合致していた。
2022年度からは研究で得られた知見、例えばレッスンで使われている会話の特徴、頻出する用語の傾向などを、器楽を主専攻とするクラスの授業に取り入れている。とりわけ、学生には「器楽のレッスンにおいては、表現意図を言語化して求められる場面が多いこと」を伝えている。まずは母語で表現意図を言語化することの大切さ、そして外国語で表現意図や弾きたい音を言語化する訓練がいかに必要であるかを伝えるようになった。 この数年間は新型コロナウイルスの流行により、すでに決定していた渡航計画を中止したものの、音声を文字化したデータを完成させ、分析を進めることが出来た。そしてこの知見をまとめ、最終年度にはドイツ語圏に在住する言語学者と交流をすることができた。
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