最終年度2023年度は、コロナ禍による研究機会の制限等を最小限にとどめることができ、調査および研究に格段の進展が見られた。本課題の着眼点である、カタルーニャ自治州の言語政策の動向については、2023年スペイン議会選挙において、与党社会労働党(PSOE、中道左派)と野党第一党国民党(PP、中道右派)が伯仲し、与党が政権維持をするためにはカタルーニャ地域政党所属の選出国会議員の協力が不可欠な状況となり、この中で、スペイン政治における地域言語のプレゼンスがこれまで以上に高まった。例えば、国会内の議員の質疑や答弁において、カタルーニャ語、バスク語、ガリシア語、バレンシア語での発言の容認、これらの言語のスペイン語への同時通訳の義務化がなされた。政治状況に応じた地域言語の使用ドメインの拡張、及び国家公用語のスペイン語ドメインの相対化は、言語多様性継承に向けた新しい潮流を現出している。他方、コミュニケーションを支える言語文化の国民間での斉一化、標準化により関心の強いスペイン国内外の守旧派の間に警戒感を植え付け、この分野での与論の分裂と対立は深刻化している。スペイン等欧米での言語多様性継承施策の現状と比較対照を行うため、言語多様性継承が比較的スムーズな東南アジア諸地域に着目し、特に多言語話者の言語意識について調査・考察を行うこととした。こうした対象として注目したのは、国内で多くの言語が共存しているマレーシア、とりわけ言語多様性が卓越していると考えられるジョージタウンおよびコタキナバルである。これら2地点において多言語話者に面接方式で聞き取り調査を行った。結果、これらの話者は、政治による言語政策に過度に囚われることなく、コミュニケーション場面に最適化した多言語選択をしていることが明らかになり、欧米の、硬直的な一面を持つ言語多様性継承策の再評価と相対化がより重要な課題として浮き彫りになった。
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