本研究は、19世紀後半から20世紀前半の北米地域における「漁業権」概念の人種化の過程を、移民史、漁業制度史、法制史の見地から、日英両言語のアーカイブ史料分析を通じて解明することを目的とした。天然資源である魚介類の所有に関し、アメリカ・カナダ両国はイングランド慣習法の伝統を継承しつつ変容させ、19世紀後半以降漁場へのアクセスを管理してきた。一方、資本主義的発展に引き寄せられ太平洋を渡ったアジア系漁民(中国人および日本人とその子孫)は、北米漁場において貴重な経済的貢献をしたが、白人漁民や移民排斥論者の抗議運動の対象となり、その帰結として「公民」に開かれているはずの漁業権が人種に基づいて制限される事態が生じた。その歴史的展開を、北米法文化圏における法概念や制度変容との関連性において検証し、体系的に明らかにするのが本研究の狙いであった。 当初は3年の計画で、海外のアーカイブにおける史料調査を複数回行うことを想定していたが、期間の前半こそ計画通りに調査や報告を進めることができたものの、状況の変化に伴って後半は計画の変更や延長を余儀なくされた。しかし、デジタル史料やデータベースを有効活用することで法的な文書の解析を進め、法原理と人種主義政治の関連性についての議論を、共編著『「法-文化圏」とアメリカ』(上智大学出版、2022年)所収の論文にまとめることができた。 調査の方向性を見直す中で、アメリカやカナダにおける法の変容だけではなく、国境をまたいで移動する人々の「違法性」と公正との関連から法を見つめ直す視点を得ることもできた。その研究成果は最終年度に、佐藤健太郎・萩山正浩編『公正の遍歴』(吉田書店、2022年)所収の論文において発表した。また、公衆衛生とアジア系の身体検査をめぐる論文も上梓した。
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