本研究では、①正倉院文書のうち宝亀年間の文書群と経巻群の比較研究、②敦煌文書中の写経事業にかかる史料と敦煌写経に施された記銘の比較研究、③日中古代写経関係史料と経巻群の比較研究、という手順を経て、正倉院文書と敦煌文書の史料群としての成り立ちを究明することを目指した。 過年度までに①は基礎的な作業は完了し、②の敦煌文書も公刊されている影印およびオンライン公開されているデータベースを活用する形で進めてきた。当該年度は③の両者に共通する写経関係史料であるという史料の分析を進め、写経の現場でどのような管理を実施していたのかという点の考察を進めた。 またこれとは別に、日本古代において正倉院文書中に記載がありつつも東大寺写経所外で実施されたと判断される写経事業にかかる経巻に関する情報の収集および史料の閲覧を進め、東大寺写経所以外の写経の実際についても検討を行った。古代においては東大寺写経所のような官営写経所以外でも、様々な寺院や貴族個人の家でも写経が実施されており、基本的な製作技法は大きく変わらないものの、細部で差異が認めれられる。帳簿が残っていないものの、これら東大寺写経所以外の写経事業も現存する経巻を分析することで作業の一端を検討することが可能であり、正倉院文書を検討する上での比較史料と成り得る。この比較を目的に特に藤原仲麻呂と関わるとされる経巻の情報を得ることができたことから、その成果の一部を「藤原仲麻呂と写経」というタイトルで口頭報告を行った。
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