春木直紀編『列島の中世地下文書』(勉誠出版、2023年5月刊行)に論文「南朝年号文書研究の新視点―「後南朝文書」との比較から―」を発表した。南朝年号文書は、戦後になると、戦前の皇国史観の反動もあり、様式・内容の不自然さから後世の偽作を疑われるようになった。そして従来の近世由緒論では、伝承・由緒を裏付けるために文書が偽作されるという認識が一般的であった。しかし、先に南朝年号文書があり、その文書を利用・解釈する形で伝承・由緒が生成されることもあることを明らかにし、南朝年号文書の新たな活用方法を提示した。 倉本一宏編『貴族とは何か、武士とは何か』(思文閣出版、2024年3月刊行)に論文「武士論の課題と成果」を発表した。武士論はかつて戦後歴史学の中心的テーマであり、今なお歴史学界で激しい論争が行われている。そもそも日本中世史学界では、「武士」という言葉はあまり用いられない。代わりに用いられてきたのは「在地領主」である。在地領主とは、「中世の在地、すなわち農・山・漁村などの生産世界に生活の根拠地をもち、在地民の生産活動に対し強い指導性をもっていた領主層の総称」(『国史大辞典』)である。「在地領主」概念は、一般読者がイメージする「武士」と概ね重なる。 この「在地領主」概念の提唱者は石母田正であり、その議論は「領主制論」と呼ばれた。武士論は、「領主制論」の批判的検討という形で展開していった。そこで本稿では、「領主制論」の成立と展開を概観した上で、現在の研究段階に照らすと、鎌倉幕府を在地領主の政権とみなす石母田領主制論が、そのままの形では成り立たないことは明白である。けれども、近年の研究には幕府樹立の画期性そのものを否定する傾向があり、中世史のダイナミズムを軽視した静態的な歴史観に陥ってしまいかねない危険性に警鐘を鳴らした。
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