本年度は2年間の研究計画の最終年度であり、昨年度後半と同様に唐代基層社会の内部構造を読み解く作業を進めた。本研究でとくに注目したのは、唐代前期の基層社会において郷望と称された在地有力者の存在である。そのため、唐代の碑刻資料に基づいて、郷望とその他の人々との具体的な関係を探りつつ、村落史研究の立場から彼らの位置づけを明確にした。詳細な内容は今後に文章化を進めて公表する予定であるが、その一部については法史学研究会において「唐代玄宗期の郷望と村落社会」と題する研究報告を行っている。 また、本研究で中心史料となる唐代の石刻題記については、これまでの研究の成果と課題をまとめ、「古代日本と朝鮮の金石文にみる東アジア文字文化の地域的展開」研究会において「唐代石刻題記研究の概況と実践」とする報告を行った。この研究整理によって、唐代史研究における石刻題記の有用性が改めて確認されるとともに、既存の資料集(図版集、録文集)の不備、従来の録文を用いた研究の問題点がより明確になったと考える。 さらに、上記の研究と並行して、昨年度の資料収集作業時に見出した複数の大型石刻題記については、中国現地での実見調査とそれに基づく分析を進めた。具体的には、北京大学図書館古籍分館、中国国家図書館善本特蔵閲覧室、河北省廊坊博物館などにおいて該当石刻資料の清代拓本や実物資料の調査を実施し、従来の研究で見落とされてきた唐代村落制度関連石刻資料の貴重な情報を入手できた。これら関連石刻資料の発見は、今後の研究に繋がる成果と言えよう。また、その一つである武周時代の石刻資料には、かつて筆者が復原した石刻題記との間にわずかながら人名の重なりもみられることが判明し、今後の研究によって唐代の基層社会に関する新たな知見が得られるものと推察される。なお、中国調査時には現地研究者とも面会し、唐代石刻資料に関する意見交換を行うことができた。
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