本研究では、接続と断絶という対照的な二側面を併せ持つ峠の存在が近隣共同体に与える影響を、帝政ローマ前期のアルプス山脈西部の峠を事例として考察した。その結果、大サン・ベルナール峠、小サン・ベルナール峠、モンジュネーヴル峠それぞれの山麓共同体の間に興味深い相違点を検出するに至った。すなわち、他地点とは異なり、小サン・ベルナール峠のフランス側麓に位置する共同体では、史料的に高位公職者の存在が確認されない点である。その背景として、峠やその周辺の厳しい自然環境に加え、有力な近隣都市ウィエンナの住民や名望家との競合によって、当該共同体では、地方名望家層が経済的に脆弱であった可能性が明らかとなった。
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