本年度は主に水晶製石器の赤外スペクトルの解析を行った.赤外スペクトルの特定の波数に注目して原産地推定指標を作成し,山梨県の釈迦堂遺跡群I区,堰口遺跡,獅子之前遺跡,上コブケ遺跡出土の水晶製石器について原産地推定を行った.その結果,釈迦堂遺跡群I,獅子之前遺跡,上コブケ遺跡では山梨県甲州市にある竹森を水晶獲得の主たる原産地として利用していたことを明らかにした.堰口遺跡については比較した原産地のどことも一致しない水晶製石器の数が最も多く,その原産地を特定することがでなかったが,その他の3遺跡と異なる原産地を主として利用していたことを明らかにできた.この赤外スペクトルを利用した水晶製石器の原産地推定結果は,昨年度実施した水晶に含まれる包有物を用いた原産地推定の結果とも一致しており,赤外スペクトル解析を利用した石英(水晶)石器の原産地推定手法の開発という本研究の主たる目的は達成できたと考えられる. 出土遺物を対象に原産地推定を行った結果では,山梨県内の4つの縄文時代遺跡において竹森の水晶を利用していること,堰口遺跡では松木尾根の水晶を利用していることが明らかにできた.また,各遺跡において特定の原産地の水晶が集中的に利用されているものの,その原産地のみに依存せず他の原産地の水晶も利用されている姿が復元できた.このように石材を特定の原産地のみに依存しないことは黒曜石と同様であり,石器石材獲得の実態を理解するうえで重要な結果を得ることができた.加えて埼玉県にある古墳時代の反町遺跡出土水晶製遺物についても竹森の水晶を利用していることが明らかにでき,勾玉の製作において勾玉の製作者と石材の採取者が異なるという可能性を検討する材料を得ることができた. 以上のように本研究により水晶製石器の原産地推定が実施できる可能性が生まれ,また,石材としての水晶の流通を検討する材料を得ることができた.
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