研究課題/領域番号 |
18K12566
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研究機関 | 東京理科大学 |
研究代表者 |
阿部 善也 東京理科大学, 理学部第一部応用化学科, 講師 (90635864)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 文化財科学 / 考古化学 / 古代ガラス / 古代オリエント / オンサイト分析 / X線分析 / 放射光 / シルクロード |
研究実績の概要 |
【オンサイト分析調査】 主要な調査として,国内の2拠点(古代エジプト美術館:東京都,遠山記念館:埼玉県),国外の2拠点(大英博物館:ロンドン,アシュモレアン博物館:オックスフォード)において,可搬型装置を用いたオンサイト分析調査を実施した。古代および中世のオリエント地域で作られた銅赤を中心としたガラス資料について,非破壊の蛍光X線分析,顕微ラマン分光分析,紫外可視吸収分光分析などを行い,原材料や製法を明らかにした。また関連する調査として,日本国内で出土した古代ガラス資料についても同様に分析する機会を得て,銅赤を含むガラス製品が様々な地域から古代日本へと伝来していたことを化学的に実証した。 【放射光実験】 大型放射光施設SPring-8(兵庫県)と高エネルギー加速器研究機構内のフォトンファクトリー(PF:茨城県)において,銅赤を中心とした古代・中世のガラス製品を国内外の研究機関から借用し,非破壊で高度なX線分析を行った。SPring-8では,ジョージアより出土した古代・中世のガラス資料,およびイラン北部の古墓由来とされるガラス資料について,116 keVの高エネルギー単色X線を励起源とする蛍光X線分析を実施して,ppmレベルの微量重元素組成から起源を推定した。PFにおいては,前2千年紀メソポタミアの銅赤ガラス資料について,X線吸収端近傍構造解析およびマイクロ蛍光X線イメージングを実施し,製法について詳細に考察した。 【発表等】 国内で開催された学会において,2回のポスター発表および2回の招待講演を行った。さらに,日本分析化学会発行の査読付論文誌「分析化学」に,その成果を投稿し,掲載された。また,ニュー・サイエンス社発行の「考古学ジャーナル」において,本研究に関する解説の依頼を受けて寄稿した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究により,これまで不鮮明であった古代メソポタミアにおける銅赤ガラスの生産・流通状況の解明に向けて大きく前進した。まず大英博物館において,前1千年紀に年代づけられるメソポタミアの都市遺跡より出土した,きわめて希少な銅赤ガラス製品およびインゴットを分析する機会に恵まれた。原料の違いに由来する複数の化学組成グループの存在が明らかになり,出土遺跡ともよい対応が見られた。さらに,古代エジプト美術館において,前2千年紀の北メソポタミアの遺跡から一括出土した大量のガラス製ビーズを分析した。研究代表者が過去に実施した同時代の古代エジプト製銅赤ガラス製品の分析結果との比較により,両地域における銅赤ガラス生産の原材料および製法の違いを化学的に解明することができた。興味深いことに,本研究で分析した前2~1千年紀のメソポタミア出土の銅赤ガラスの多くには,直径10ミクロン以下の微小な黄色粒子が散在していることがデジタル顕微鏡観察により明らかとなった。顕微ラマン分光分析により,この黄色粒子はアンチモン酸鉛Pb2Sb2O7であると同定された。アンチモン酸鉛は,メソポタミアに限らず,古代オリエントのガラス生産において広く利用されていた人工黄色顔料である。本研究で分析したメソポタミア出土の銅赤ガラスは全て発色要因がCu2Oであると同定されたため,アンチモン酸鉛は直接の発色要因ではないと考えらえるが,アンチモン酸鉛に含まれるSbは焼成時の熱的還元剤として,Pbは高温焼成中にガラスの起分極剤として機能することが知られており,銅赤を発現させるために重要な物質であったと推定される。さらに,本研究によって古代メソポタミアの銅赤ガラスについて得られた化学的な知見は,粘土板文書の形で残されていた同地域における銅赤ガラス生産に関する記述ともきわめてよく対応していた。
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今後の研究の推進方策 |
オンサイト分析調査においては,引き続き古代エジプト美術館の資料の調査と,新たに東京国立博物館(東京都)に収蔵された希少な古代エジプトおよび西アジアのガラス製品について調査を行う予定である。海外施設での調査については,大英博物館およびアシュモレアン博物館での継続調査を含めて,現在複数の研究機関と調整中である。また,2018年度に実施した宗像大社での関連調査により,オリエントで作られたガラス製品が古代日本にまで伝来していたことが化学的に実証されたので,より詳細な流通状況を明らかにするために日本国内を含む東アジアでの古代ガラス製品のオンサイト分析調査も検討する。 さらに,これまでの研究によって推定された古代オリエントにおける銅赤ガラスの製法に基づいて,電気炉等を用いた銅赤ガラスの再現を試みる。得られた再現試料について,放射光施設を用いた化学状態分析等を行い,実際の古代銅赤ガラスと化学的に比較する。 論文については,すでに一部を国内の論文誌に投稿済みであるが,一連のデータをまとめた形で国際誌への投稿も準備中である。
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次年度使用額が生じた理由 |
消耗品として,オンサイト分析で使用する可搬型装置が故障した際の依頼費およびオーバーホール費を含めていたが,2018年度については研究代表者自身で対処可能な軽微な故障しか生じなかった。この分の次年度使用額については,スペクトルデータおよび数値データの解析に使用するPCの購入費への充填を予定している。 また旅費について,大英博物館およびアシュモレアン博物館でのオンサイト分析調査に関わるイギリス渡航で,高額な直行便ではなく,より安価な中東経由の航空会社のものを利用用したため,申請額よりも低額に抑えることができた。この分の次年度使用額については,オンサイト分析調査の対象施設および学会での発表回数を増やすなどの形で使用する予定である。
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