「アーカイブと共同体の文化人類学的研究」においては、実際に人びとが資料とともに語ったり、資料を寄贈したり選別したりといった動態的なプロセスの中で現れてくるユダヤ共同体の史観やアイデンティティについて考察することを目的としている。本研究においては、前半にはイスラエルでの在外研究を行い、最終年度においてはディアスポラのユダヤ社会との比較を行うためにオーストラリアで調査を行った。オーストラリアは、これまでに報告者が研究をしてきたイスラエルやアルゼンチンと比較して、移住からの歴史が浅いところに特徴がある。今回の調査先であるシドニーおよびメルボルンのユダヤ博物館では、それぞれのアーキビストやキュレーターとのインタビューを通し、一貫した歴史観やアイデンティティがいまだ生まれておらず、教育や博物館展示によってまさに「オーストラリアのユダヤ性」が生じつつあるプロセスについて聴き取ることができた。また、複数のユダヤ人アーティストとのインタビューを通し、家族の歴史や政治的状況を解釈し、作品として昇華させること、またユダヤ人アーティストとしてのアイデンティティや困難さについても聴き取りができた。研究期間全体を通じて、複数のユダヤ関連の博物館とアーカイブを訪問・調査を行い、ユダヤ共同体が集団として歴史を語ること・表象することの多様なあり方を知ることができた。イスラエルにおいて重要視されるナショナルな記憶の表象と、ディアスポラ社会における現地社会に対する表象の仕方・アイデンティティ意識の違いについて考察が深まった。
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