初年度(2018年度)は、熊楠の日記における「幽体離脱 Out-of-body experience(OBE)」の図と言説の再考察を中心に行なった。そして次年度(2019年度)には、華厳思想を背景とした明恵上人の〈夢〉に登場する動物の抽出およびリスト化した。これらの研究を踏まえ、最終年度(2020年度)は、まずは熊楠が「共時的現象」をどのように捉えていたか、彼の〈夢〉あるいは幽霊などに関する記述を精査することから始めた。特に「那智隠栖期」におけるナギラン(Cymbidium nagifolium)という珍しい植物をどのように発見したか、その経緯を明らかにすることを行なった。そして、ナギランのいわゆる「やりあて」に関する記述をリスト化し、熊楠が共時的現象にどのような姿勢(スタンス)で向かい合っていたかを明らかにした。これら、明恵の〈夢〉に登場する動物のリスト化及び熊楠によるナギランの「やりあて」に関するリスト化は、本研究主題の「データベース」の基礎となるものとして極めて重要なものとなった。 本年度の研究は、それだけにとどまらず、熊楠の「〈夢〉思考」および彼の「宇宙観(コスモロジー)」の表れでもある「南方マンダラ」の図と思想の構想に、粘菌という生物が深く関わっていたことを研究に盛り込み展開した。本研究を通じて、熊楠の言説に大きな影響を与えた華厳思想と、粘菌の生態・動態は非常に親和性が高いことを「発見」することができた。熊楠が、日本における粘菌研究の先駆者であることはよく知られているが、本年度の研究では、〈夢〉、華厳思想とともに、両者にも深く関わる粘菌についての思想的研究も含めて実施した。人間と非-人間との関係(在り方)を深く考える際、あるいは華厳僧明恵の思想を考察する際、この粘菌という生物が大きなヒントになることを見出すことができたことは、本年度の大きな成果の一つでもある。
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