研究課題/領域番号 |
18K12614
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研究機関 | 横浜国立大学 |
研究代表者 |
小沢 奈々 横浜国立大学, 教育学部, 准教授 (00752023)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | 穂積重遠 / 家族法 / 社会学的法律学 |
研究実績の概要 |
大正・昭和戦前期の法学は、法制史では明治期の連続性の中で、実定法学ではむしろ現代の一部として捉えられてきた。しかし、我が国の法学は大正期に欧米からの法制度の無批判的摂取の段階を脱し、自らの使命を明確に自覚した上で、独自の方法論を展開させた。この時期に形成された法学方法論が次世代の法学者に継承され、日本独自の法・法学が形成された。従って、この時期の法学の分析こそ、現代の法学の特殊性の解明につながると期待される。本研究は、以上の認識の下、この時期の法学者が外国法を基盤としつつ、裁判実務、伝統的価値観など諸種の要素を総合していく過程を明らかにすることを目指すものである。そのために、大正・昭和戦前期に活躍し、我妻栄や中川善之助といった戦後を代表する民法学者にも大きな影響を与えた、家族法学者穂積重遠に注目し、彼の学説形成の実際を、その背景にある個人史的・社会史的研究と交錯させることで多角的に分析する。そして、この作業を通じて、日本の法学を歴史的に分析するためのひとつの枠組を得ることを目指す。 穂積の法学を分析するためには、(1) 社会的問題への対応(社会問題の認識の程度、社会問題の学説への取り込みの態様)、(2) 外国法・学説の摂取の態様(継受法の理解、新しい外国学説や思想の摂取の態様)、(3) 日本の伝統的価値観(儒学・国学)との向き合い方という3つの観点を据えることで、穂積重遠の活動の全体像を捉えることが可能であると考える。そこで、まずは穂積の家族法研究の個別分析を進めることとし、今年度は、婚姻の成立の日から200日以内に出生した子(推定されない嫡出子)に焦点をあて、穂積重遠の学説のその時代における意義・影響を明らかにした。この研究の成果は、「穂積重遠の『推定されない嫡出子』論」(『横浜国立大学教育学部紀要III社会科学第2集』(2019年2月))として発表している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究の進捗はおおむね順調に進展している。初年度に開始した穂積の家族法研究の個別分析の調査について、まずはその一部の研究成果として、上記の「穂積重遠の『推定されない嫡出子』論」を発表した。本稿は、当時の家族法領域における重要なトピックの一つであった、婚姻の成立の日から200日以内に出生した子(今日でいうところの「推定されない嫡出子」)に焦点をあて、当時の法学界・法実務界における彼の学説の位置づけを確認するとともに、彼の法学方法論についての理解を深化させることを目指した。穂積における嫡出推定に関する200日問題の核心は、当時の民法820条が想定していない、父が子の出生前に死亡した場合、不当にも私生子とされてしまう子をいかに救済するかという点にあり、彼は、子の出生前に婚姻届が出ていれば子を嫡出子とする取り扱いを提唱した。こうした彼の見解は、当初こそ一つの少数説にすぎなかったが、社会の実態に即した問題解決を可能にするものであったがゆえに徐々に支持者を獲得し、学説、司法省の行政解釈、大審院判例に支持されていく。また、中川善之助や我妻栄もまたそれぞれに穂積の見解を継承し発展させていく。以上のように、「推定されない嫡出子」の保護というテーマに焦点をあてることで当時の法学界における諸学派の立場の相違を鮮明にし、その中に穂積の所説を位置付けることができた。 穂積の家族法研究の個別分析の調査については、このほかに、裁判離婚の離婚原因としての「精神病離婚」および「相対的離婚原因」の導入をめぐる、穂積の学説分析と立法活動の調査も開始した。このテーマにかかわる穂積自身の文献を収集するとともに、参考にされた外国法のなかでも特に重要であるスイス法に関し、立法資料等の収集を行なった。
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今後の研究の推進方策 |
今年度も引き続き、穂積の家族法研究の個別分析をすすめていく。今年度は、そのテーマとして、裁判離婚の離婚原因としての「精神病離婚」および「相対的離婚原因」の導入をめぐる、穂積の学説分析に特に取り組みたい。 婚姻の解消については、彼の『離婚制度の研究』と『親族法』に詳細な研究がみられる。特に注目すべきは、当該研究はスイス民法をはじめフランス民法・ドイツ民法など、多くの外国法を参照しているという点である。そこで、本研究における穂積を分析するための枠組のひとつである「(2)外国法・学説の摂取の態様(継受法の理解、新しい外国学説や思想の摂取の態様)」からの一例として本研究を位置付け、とりわけ「精神病離婚」「相対的離婚原因」の理想的モデルとして穂積が称賛したスイス民法を中心に、①スイス民法の該当条文をめぐる立法変遷、立法趣旨、学説、判例の理解を確認し、②穂積はスイス民法の該当条文を正しく理解していたかを精査した上で、③自身の学説や民法改正案にどのようなかたちでスイス法を取り入れたのかを明らかにしたい。 また、上記作業をすすめると同時に、本研究の最終作業(穂積を理解するために用いた枠組を他の法学者の分析への応用を目指す)への準備もすすめていく。法学史研究はドイツやスイスにおいて近年研究の進展がみられる。特に本研究では、Jan Schroederの法学史研究やJan Thiessen教授の現代法史研究、Pio Caroniの法社会史研究の手法の応用も視野に入れたいと考えているため、夏季休暇中に、右3教授を訪問し、研究上の意見をいただくことを予定している。
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次年度使用額が生じた理由 |
経理処理が間に合わなかったために次年度使用額が生じました。これについては前年度未執行分として消耗品に充当いたします。
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