本研究の目的は、憲法学が戦後日本を代表するフランス経済史家、高橋幸八郎(1912-82)とその門下生(岡田与好、二宮宏之、遅塚忠躬ら)の歴史研究といかに協働ないし相克したのかを分析することを通じて、憲法学と歴史学が対話を再開するための条件を見出すことにある。これを達成するために、2018年度は敗戦直後に社会科学全般に影響力を誇ったものの今日忘却された高橋の論考を、最初の赴任先である京城帝国大学時代の作品やフランス留学時に執筆された仏語論文を含めて収集・読解し、イデオロギー的束縛から離れて高橋史学の特質及び同時代の社会科学に強いインパクトを与えた背景を解明することを、当初の課題としていた。 しかし、1930年代から50年代にかけて高橋が発受した書簡類を大量に古書店で発見したため、その整理・分析を優先にした。具体的には、書簡のこれ以上の劣化を防ぐために資料保存用封筒に入れて整理番号を付したうえで、表題、作成年、差出人、差出人住所、受取人、概要を記載した目録の作成を開始した。また、福島大学附属図書館・大塚久雄文庫及び一橋大学経済研究所資料室・都留重人名誉教授寄贈資料に所蔵されている高橋の書簡を関連して調査するとともに、尚絅学院大学図書館・服部英太郎・文男遺文庫において、1950年代に高橋が東北大学で行った集中講義「欧州経済史」の受講ノートを閲覧した。 その結果、不明な部分も多かった高橋のパリでの現地の歴史家との交流の一端が明らかになったほか、留学を契機に比較憲法史的視座を強調するようになる、という歴史叙述の力点の変化が高橋に生じたことを裏書きする一次史料などを発見した。これらを東大退官時の座談における発言などとつき合わせることを通じて、戦中から敗戦直後にかけて歴史観を完成させた後の高橋には晩年まで理論的深化が見られなかった、という従来の見解を再検討することが可能になると思われる。
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