本研究は、憲法学が戦後日本を代表する経済史家、高橋幸八郎(1912-1982年)とその門下生の歴史研究といかに協働ないし相克したのかを分析することを目的としていた。研究開始後に大量の高橋関連書簡と日記が発見されたために、それらの分析・整理に追われたが、ともかくもそれらも活用して、阪本尚文「協働・忘却・想起――経済史学と憲法学」左近幸村・恒木健太郎編『歴史学の縁取り方――フレームワークの史学史』(東京大学出版会、2020年)117-143頁;阪本尚文「外交史・権利の宣言・平和主義――高橋幸八郎の政治的思惟」、政治経済学・経済史学会『歴史と経済』第66巻第1号、2023年10月、37-52頁をまとめることができた。 従来、高橋は大塚久雄の亜流ないし理論志向が強い教条的マルクス主義史家であり、1950年代以降は発展性を欠いた、あるいは、高橋史学は経済決定論・階級還元論に終始し政治的分析を欠いている、などと評価されてきたが、これら二論文を通じて、そうした見方が一面的であることが明らかになった。すなわち、戦前に外交史研究から出発した高橋は、敗戦直後には政治の基層に位置する憲法とそれが保障する基本的人権への関心を示しており、しかも、今日オーソドックスとなった立憲主義理解を基調とする高橋の憲法思想は、経済的自由にとどまらずに、前文、平等(14条)、97条、そして平和論へと発展していったことが確認できる。高橋史学が政治社会ないし法秩序への独自のまなざしを有していたからこそ、高橋の議論が援用された、と考えられよう。
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