2021年度は、ヘイトスピーチおよびヘイトデモの差止めについて、その事前抑制該当性を分析・検討する論文を、修正の上で(骨格は前年度中に執筆していた)公表した。そこでは、①行動を伴う表現活動であっても事前抑制禁止の法理の射程に収められるべきこと、②反復継続される行為について、当該行為についての司法による違法判断が存在しているのであれば、同一行為の差止めを事前抑制と捉えない立論が成立し得ることを確認した。 このほか、主に次の3つの研究を行った。第一に、損害賠償ないし差止請求の基礎となる被侵害利益・被保全権利の性質の解明である。具体的には、2021年に示された全国部落調査事件の本案一審判決やコリアンをルーツに持つ中学生に向けられたネットヘイト訴訟の二審判決などを素材に、それら訴訟で主張されている「差別されない権利」の内実や他の権利利益との関係について検討した。第二に、実効的な民事救済のために個人ないし団体に訴権を付与するアプローチについて、ポルノグラフィ規制に関するアメリカの理論・地方条例や団体訴権をめぐる国内の議論等を素材としつつ検討を進めた。いずれも理論的には興味深いものを含んでいるが、裁判所による受容あるいは法制化といった現実化のためには、クリアしなければならないハードルが幾つも控えており、さらなる理論的考究を要することが確認された。 第三に、大阪市ヘイトスピーチ条例の憲法適合性に関する最高裁判決が示されたことから、ヘイトスピーチの「(憲法が保障する)表現」該当性、審査基準、許容される規制の範囲・態様について、最高裁の理解の一端を確認することができた。ヘイトスピーチ法制に関する今後の研究・実務にとって極めて有用な基礎的資料となった。
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