1890年代から1920年代も含む期間において、シリア・レバノン系移民も含むアラビア語話者によって執筆された国際法関連の書籍や新聞・雑誌記事を分析し、特に19世紀中の「国家」「主権」「法」「国民」などの主要観念の使用法、そこに示される認識枠組みについて検討した。 その結果、まず国際法の専門著作が示す国際法観は、著者がエジプト人であろうと、シリア・レバノン系の移民であろうと主権国家の意思の合致に基礎をおく実証的な国際法観ではなく、むしろ自然法的なものであることが確認された。一方で、国際法の専門著作ではなく、一般的向けに執筆された新聞や雑誌の記事、あるいは演説などにおいては、主権国家間の法としての実証的な国際法観に依拠した言説が示されていることが多いことが確認された。ただし、こうした言説も想定される読者や著者、そして同一のテーマに関する言説でも状況の変化に応じて、そもそも国際法の観念に依拠しない議論が行われることも決して稀ではなかった。特に、オスマン帝国とエジプトの関係をどのように理解するかといったといった点については、シリア・レバノン系移民とエジプト人ムスリムとの間で基本的な傾向に大きな差異があり、国際法の観念が個別論点において使用される際にも、この影響があることが確認された。 以上のような検討から、検討対象とした時期のアラビア語での国際法関連の言説においては、自らも起立されるべき規範としての意識よりも、各論者の政治的意図を正当化するための道具としての意識が強いことが確認された。
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