本研究は、アメリカおよびイギリス(イングランド・ウェールズ)刑法における自招酩酊に関する議論について、文献調査等を通じて歴史的背景や理論的根拠を対象とした研究を行なうことにより、近時の実務で大きな問題となっている、自招性精神障害の刑事責任の判断枠組みを明らかにすることを目的とするものである。 刑法39条は、行為者の責任能力が問題となる場合について、心神喪失者の不可罰と心神耗弱者の刑の減軽を定める。刑法上の責任能力は、犯罪行為時に備わっている必要があり、酩酊状態に乗じて犯罪に及ぶ意思でアルコールや薬物を摂取し、実際に責任能力を欠いた状態で犯罪を行った場合には、行為者に完全な責任を問えないことになる。この不都合を回避するために、学説では様々な理論構成が試みられてきた(いわゆる「原因において自由な行為」の理論)。 他方で、わが国の裁判実務では、犯罪に及ぶ意思を事前に有していたかを問わず、自招性の精神障害の場合には端的に刑法39条の適用が排除されている。つまり、行為者の精神障害が自ら招いたものである場合には、学説の理論構成を用いずとも、責任無能力とされる余地は残されていないのである。 こうした、自招性精神障害の場合に責任無能力の余地を排除する考え方は、英米法の領域で伝統的に採られてきたものであるが、犯罪論の多くの領域でドイツ法研究が優勢となっているわが国では、ほとんど研究がなされていない。本研究では、英米刑法における自招酩酊と刑事責任の関係をめぐる議論を分析し、そこから得られた示唆を、わが国の責任能力論の解釈に正確に反映させることを試みた。 本年度は,前年度までに継続してきた外国法研究を元に,わが国の解釈論レベルで自招性精神障害者の刑事責任を論じる場合、いかに理論的な接合ができるかという問題を中心に検討を深めた。
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