研究課題/領域番号 |
18K12659
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
南迫 葉月 京都大学, 法学研究科, 特定助教 (90784108)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | 証拠開示 / 情報格差 / 協議・合意 / 司法取引 / 答弁取引 |
研究実績の概要 |
新たな証拠収集手段として導入された「証拠収集等への協力及び訴追に関する合意」制度では,取引当事者である検察官と被疑者・被告人の間に,交渉力・情報の点で大きな格差が存在することから,適正な取引が行われない危険がある。情報格差の問題に対応するべく,取引時点における検察官から被疑者への証拠開示の必要性が主張されたが,今般の立法では導入されなかった。 そこで,本研究は,情報格差がなぜ適正な取引を阻害するのかという根本的な問いに立ち返り,その答えに応じた解決策として,司法取引における証拠開示の要否・範囲を具体的に明らかにしようとするものである。その際,司法取引について議論の蓄積のある,アメリカ及びイギリスの法・議論状況を調査・分析することを通じて示唆を得ることとする。 以上の研究目的・研究計画と踏まえ,本年度は,基礎的な文献の収集・分析を通じて,アメリカの各法域での,答弁取引における証拠開示制度の有無・在り方や,学説における証拠開示の要否・範囲の議論を調査した。また,イギリスについては,企業犯罪を中心に新たに導入された訴追延期合意制度(捜査協力等と引換に検察官が訴追の延期を合意する制度)の概要と証拠開示の在り方を調査した。 すでに答弁取引がある程度の期間運用され,議論の蓄積のあるアメリカ及びイギリスの議論を参照することで,日本の合意制度における情報格差がもたらす問題点をより具体的に把握するため,また当該問題に対する対策として,証拠開示制度を採用するべきか,採用するとしてどのような範囲で認めるべきかを検討するために,有意義な示唆を得られる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の研究計画では,本年度は,基礎的な文献の収集・分析を通じて,アメリカについては,各法域の答弁取引における証拠開示の法制度の有無・在り方,学説における証拠開示の要否・範囲の議論を明らかにすることを予定していた。また,イギリスについても,同様の調査を行うとともに,新たな取引手法である訴追延期合意制度における証拠開示の要否・範囲を明らかにすることを予定していた。 本年度は,その予定通り,連邦及び各州の法律・規則,判例,学説上の議論を調査することで,アメリカの各法域における答弁取引時点での証拠開示制度の有無・在り方を知ることができた。興味深いことは,証拠開示が必要とされる理由が,開示対象とされる証拠の種類によって異なることである。例えば,無罪方向の証拠は,無辜が有罪答弁とする危険を減少させるために必要であると主張される。また,有罪方向の証拠については,①無罪方向の証拠を被告人が受け取ることを確保するためや,②当事者対抗主義を実効化するため,③開示された証拠を通じて,被告人側が公判で有罪とされる確率を正確に評価することで,適正な量刑・取引結果を生じさせるため等,多様な理由が主張される。 イギリスについては,本年度は,訴追延期合意制度の概要と証拠開示の在り方を調査した。同制度では,合意を締結しようとする企業が,検察官への捜査・訴追協力への一環として情報・証拠を開示する際に,依頼人・弁護人間の秘匿特権を保持することと緊張関係が生じることが問題とされており,わが国の今後の議論にとっても重要な示唆となると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
今後は,本年度の調査結果を踏まえて,アメリカ及びイギリスにおける応用的・発展的文献の収集・検討へと研究を進める予定である。その際,司法取引に限らず,刑事手続制度全体に視野を広げて,基本的文献の収集・分析も継続する。 アメリカについては,各法域における答弁取引時点での証拠開示の有無・範囲を基礎づけている理論的根拠を更に深く検討することを目標とする。また,自己負罪型取引と捜査協力型取引との間の相違を踏まえて,それぞれの類型の取引で証拠開示が必要とされる理由や必要な証拠開示の範囲にどのような違いが生じるのかを明らかにする。 イギリスについては,訴追延期合意制度の実際の運用状況にも調査を及ぼしつつ,アメリカにおける議論と比較しながら,同制度における証拠開示の在り方と理論的背景を調査する予定である。また,訴追延期合意制度以外の答弁取引の状況,証拠開示制度の在り方についても調査を進める。 そして,以上のアメリカ及びイギリスの法状況・議論状況を踏まえて,日本の合意制度における証拠開示の在り方を考察する。より具体的には,検察官側と被疑者側の双方について,①合意制度の利用場面における証拠開示の要否,②必要であるとすれば,その時期と範囲を明らかにする。
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