研究課題/領域番号 |
18K12661
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研究機関 | 大阪市立大学 |
研究代表者 |
徳永 元 大阪市立大学, 大学院法学研究科, 准教授 (50782009)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | フランス刑法 / 限定責任能力 / 責任主義 / 刑事精神鑑定 |
研究実績の概要 |
本研究の目的は、①フランス法という新しい素材と、②限定責任能力という複合的な問題を対象とすることにより、わが国の責任能力制度の発展に寄与することである。 この目的の下、2018年度は、フランス刑法における限定責任能力者の責任の評価に関する議論を整理した。まず、1810年の旧刑法典の施行後、条文に定められていなかった限定責任能力の観念が登場した経緯、現行刑法典の成立過程における限定責任能力に関する議論、現行刑法典施行後の責任能力判断の動向、2014年の現行規定への改正の経緯について、全体の経過を検討した。同時に、この経過を素材として、責任主義における限定責任能力の意義を分析した。ここでは、フランスにおける限定責任能力者に対する刑の減軽が、19世紀の裁判実務において定着した後、1990年代以降の重罰化という逆方向の潮流を経た上で、2014年の改正により法律上の原則として承認されたという点を明らかにした。また、このことが持つ意義として、責任主義には、行為者・被告人の裁判上の主体性を保障する機能があるという点を明らかにした。 また、責任能力判断において重要な役割を果たす刑事精神鑑定について、フランス法の現状を確認した。ここでは、フランスにおける刑事精神鑑定が、わが国と類似の制度枠組みを採用しているものの、実務の状況については少なくない相違があることを明らかにした。 具体的な研究活動としては、まず、フランスでの現地調査を行った。司法省行刑局への聞き取りからは、当局としても、限定責任能力に関する2014年の法改正に関心を寄せていることが観察された。また、刑務所の医療区画や治療専門の施設を訪問し、医療体制の実情を確認した。それ以外の研究活動としては、研究会において、フランスの刑事精神鑑定に関する調査報告書の文献紹介を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究計画書に記載の年次計画に沿って、おおむね順調に進展している。限定責任能力そのものを対象とした刑法学における議論については、十分な検討を加えることができた。 その一方で、刑事精神鑑定について、当初は詳細に研究する予定ではなかったが、フランスの刑事裁判におけるその重要性にかんがみて、検討を行う必要が生じた。これについては、すでに十分な成果を得た。 また、他方で、2014年改正後の責任能力に関する裁判例については、フランスの学術文献において整理が進んでいないことが確認された。それゆえ、新聞記事等の資料から、裁判所が限定責任能力についてどのように判断を行っているのかを探ることにした。これについては、資料収集と分析にさらなる時間が必要である。
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今後の研究の推進方策 |
当初の予定通り、触法精神障がい者処遇制度の展開を整理する。前期は、「保安監置及び精神障害を理由とする刑事無答責の宣告に関する法律」(2008年)および同法律の適用、「精神医学的治療の対象者の権利及び保護並びにその治療の態様に関する法律」(2011年)および同法律の改正(2013年)の検討を行う。後期は、現在の責任能力制度および触法精神障がい者処遇制度の多角的な考察を行う(19世紀以来の責任能力に関する裁判例、精神障がい者の処遇に関する欧州人権裁判所判例など)。 もっとも、今年度の研究の結果、刑事司法における責任能力・限定責任能力をめぐる議論と、一般の精神科医療にも関連する触法精神障がい者処遇をめぐる議論とは、一定の関連性はあるものの、相互にかなり毛色の異なるものであることが感じ取られた。また、【現在までの進捗状況】で記載した通り、2014年改正後の責任能力に関する裁判例については、フランスの学術文献において整理が進んでいないことが確認された。このため、あくまで刑事法学・刑法理論の側面から限定責任能力の問題に取り組む本研究としては、刑事裁判における限定責任能力の問題状況の把握を優先し、精神科医療との関連については、必要な限りで調査を行うように、方針を若干修正する。
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次年度使用額が生じた理由 |
次年度使用額が生じた理由は、当初執行を予定していたフランスにおける現地調査について、他財源により執行したからである。他財源により執行した理由は、現地調査の計画を立てる段階で、必要となる経費が、その時点での残額を超過する可能性が明らかになったからである。海外出張を行う機会は限られているので、可能な限り1回の渡航で多くの調査を実施した方が望ましいため、そのような計画となった。 次年度使用額については、当初予定していた次年度の現地調査を、より充実したものにするために使用する。なお、2019年度は、前述の他財源による執行はできない。 また、支出の半数近くを占める図書の購入についても、一層の充実をはかるために、次年度使用額をあてる。
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