本研究は、イングランド・ウェールズを支配する仲裁法において国家裁判所への上訴制度が古くから設けられている事実を踏まえ、当該制度が存することは仲裁判断の有する効力になんらかの影響を与えているのではないか、具体的には同法のもとなされた仲裁判断は真の意味で終局的判断であるとは言えず、確定判決よりも弱い既判力しか有さないのではないかという仮説を出発点とするものである。 本研究では、英国仲裁法における「法律問題に関する上訴制度」の歴史的展開を概覧した。英国は古くから商業・産業の中心地として発達しており、仲裁は、商業・産業の発達に伴って増加していった紛争を私的に解決する機関としてその存在感を示していた。しかし紛争解決制度は国家の支配権の象徴であったため、国王裁判所は私的紛争解決制度である仲裁に対し、介入を試みた。当初対立しあった両者は、次第に協調しあって自身の地位を確立していく。国王裁判所、後の国家裁判所は、仲裁判断への法的効力の付与如何で仲裁廷に影響を与え、仲裁も国家裁判所へ歩み寄っていくことによって仲裁判断の法的拘束力を強めていった。 こうした歴史を背景に、英国仲裁法には「法律問題に関する上訴制度」が誕生した。1979年法以前の法で重要なのは①仲裁判断そのものに明白な法律点の誤りがある場合には裁判所は仲裁判断を取り消しないし差し戻すことができるという判例上の原則、②仲裁手続において生起した法律問題については仲裁人から任意にあるいは裁判所の命令によって、裁判所の判断にゆだねるという特別事件(special case)、③これら裁判所による介入を保障するためのものとして、当事者の合意によって仲裁に対する裁判所の介入権を排除すること(ouster)はできないとの判例法上の原則である。現行法である1996年英国仲裁法においても同制度は存続したが、現行法では限定的な運用がなされている。
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