最終年度であった2023年度は、英国特許法における「当業者」とその技能・知識についての分析の成果をまとめ、論文の形で公表した(清水節先生古稀記念論文集『多様化する知的財産権訴訟の未来へ』(2023年10月刊行)所収)のに加え、これにドイツにおける当業者を巡る議論も追加する形で、2024年2月、日本弁理士会東海会研修会で報告を行った。両国で当業者が重視される理由はほぼ共通で、当業者はクレーム・明細書の名宛人であることが強調されるところ、それが、クレーム解釈に際し考慮してよい資料の範囲を画することにつながっている。ドイツでは、英国ほどに当業者を前面に出した判決文には出会わないが、1910年代にFachmannという語が判例で登場して以降、当業者論の歴史は古く、特に近年は鑑定人の役割に関係して議論が蓄積されてきた。仮想的な者である平均的当業者の同定は、その者の専門養成教育レベルと実務的で専門的な経験レベルの確定、および、平均的技能と知識の確定という二段階で行われ、英国法と同じく、当業者が「チーム」であり得ることが認められている。英国・ドイツでの議論は、日本法において従来関心が希薄であった当業者の「チーム」性、属性の認定や技術常識の問題に、示唆を与えてくれるものであった。 また、英国特許法における間接侵害について行った研究の成果を、論文の形で公表した(日本工業所有権法学会年報46号(2023年5月刊行)所収)。 本研究は、特許法制全体を貫く中核概念の一つである当業者について、比較法の観点から、関連論点も含め総合的に検討するものであり、その成果は、今後我が国において技術融合の一層の進展が見込まれることとの関連でも意義を有する。
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