本年度は、悪性腫瘍の治療における療法決定を題材として、患者に治療方針または療法に関する希望がある場合、これがいかに取扱われているのかを近年の最高裁判例をもとに検討する論攷を公表した。(「悪性腫瘍の療法決定における患者の希望と医師の裁量」神奈川法学52巻3号掲載)。 ここでは、患者の希望は、これに従って検査や診療を実施する義務はないものの、当該患者にとってなにが重要な事項であるかを医師に気づかせる契機となりうる。このことを前提として悪性腫瘍の療法決定が問題となった下級審裁判例を分析すると、(1)悪性腫瘍の標準的療法、また、標準的療法に関する情報へのアクセスを医療者側から閉ざさないことへの要請が強まること、(2)医師の専門的判断と患者の希望が合致しないときには、医師には患者に説明し、再考の機会を設けなければならないこと、さらに、(3)患者が希望する方針や療法が明らかに標準的なものでない場合には、担当医師の専門的判断と患者の希望が合致したとしても、医師は当該療法の消極的評価に結びつくような情報、デメリットについても含め説明し、そのうえで当該療法を受けるか否かを患者に判断させる必要があることを明らかにした。 このように、裁判所はややパターナリスティックとも評価しうる義務を医師に課していると分析した。これは悪性腫瘍という疾患の性質に鑑みた判断であるが、つまり、療法決定の際には専門家としての医師と、医療に関しては素人である(が、いかに生きるかは自ら決めるべき)患者がフラットに当該患者に対する治療方針を決めるのではなく、医師には医療的観点から「望ましい方向」を提示する責任を負う場合がありうることを明らかにした。
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