最終年度となる2022年度は、前年度までの成果をふまえデモクラシーの認知的正当化論を擁護する論議のさらなる精緻化を試み、その成果を山崎望編『民主主義に未来はあるのか?』(法政大学出版局、2022年)にて「「民主主義の危機」を超える民主主義の未来」として発表した。 同論考における論議の要諦は、人々の間でなされる正当化実践としての熟議の包摂的かつ継続的な実現を可能とするデモクラシーには認知的価値が備わっているという点にある。二人称的な「理由の交換」としての熟議のプロセスにあって不合意に直面する際、人々は自らの意見が他者をも納得させうる理由に基づくものであるか否かを再検討し、必要とあらばより妥当な理由に基づく意見へと修正するように動機づけられる。熟議の機能に関する以上の考察からは、次のような洞察が導き出される。すなわち、価値多元性と不確実性が不可避的につきまとう「政治」の世界において熟議が認知的に「よりよい」帰結をもたらす蓋然性を高めるには、問題の探知と解決策の生成において認知的資源となる多様なパースペクティヴを備えた人々を熟議のプロセスへと平等かつ継続的に包摂していくことに尽きるということである。 以上の成果については、2022年12月に開催された『民主主義に未来はあるのか?』オンライン合評会にて報告する機会にも恵まれた。現在、日本のデモクラシー研究を主導する論者が多数参加した同合評会での報告と意見交換を通じて、本課題の意義に対する好評を得るとともに、本課題終了後の研究展開の方向性を定める上で貴重な知見を得ることもできた。 当該研究期間においては新型コロナ感染症拡大の影響により研究計画の再編を余儀なくされたものの、最終年度までの成果をもって、デモクラシーはよりよい認知的帰結を生む蓋然性が他のいかなる政体と比べても高いことを論証するという所期の目的を達成することはできたと考える。
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