本研究の目的は,社会的勢力感が組織市民行動(OCB)に与える影響を調整する組織的要因を探索することである。研究開始当初は勢力感の調整要因として組織コミットメント(とりわけ情緒的コミットメントの次元)に注目していたものの,その後の理論的な検討作業を通じて,最終的には組織アイデンティフィケーション(OI)と勢力感の交互作用効果についての仮説を導出した。すなわち,勢力感の上昇は,OIが高い者にとってはOCBを促進する効果を,OIが低い者にとってはOCBを抑制する効果を生む,というものである。 上記の仮説を検証するため,会社などの組織に勤務する社会人を対象にオンライン上で実験を行った(n=460)。実験参加者は,勢力感を高める実験群と,勢力感に介入しない統制群とにランダムに振り分けられ,それぞれに操作を受けた。参加者はその後,OCBに関する既存の測定尺度にもとづいて作成された質問項目に回答した。こうして測定されたOCBのスコアと,事前に測定されていたOIのスコアを統合して分析し,上記仮説の検証を行った。 データの分析結果から,勢力感とOIはそれぞれにOCBを高める効果を持つことが明らかになった一方で,勢力感とOIの交互作用効果については有意な傾向が認められなかった。ここでの重要な発見事実は,勢力感の上昇はOIの高低にかかわらずOCB(とりわけ対人援助行動の次元)を促進する効果があったという点である。これは勢力感の上昇が利己的な行動を促進すると指摘してきた既存研究とは異なる結果であり,組織という文脈それ自体が勢力感の影響に関する境界条件として機能している可能性を示唆するものである。今後は本実験の結果をもとにフォローアップの調査を実施し,勢力感が組織成員の行動に及ぼす影響メカニズムをさらに詳細に探索していく予定である。
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