今年度は、株主還元における減配時に焦点をあて、経営者が株価下落を抑制するために利益増加型の報告利益管理を志向しているのか、あるいは、財務の柔軟性の低下を嫌い、投資家が抱く復配への期待を遅らせるために、利益減少型の報告利益管理を行っているのかについて、我が国企業の財務データおよび株価データを用いて検証した。主要な分析結果は次のようにまとめられる。分析の結果、我が国企業では、会計発生高、販売活動、生産活動、裁量的費用を用いた利益減少型の報告利益管理が、減配発表年度を含む前後数年間に及んで行われていること。減配後には増益傾向が観察されること。そして、株式市場では、減配発表企業の報告利益管理と日次異常リターンとの間に負の関係があることが析出された。すなわち、減配企業では、株価下落を回避するための利益増加型の報告利益管理は行われにくく、将来の復配や復配後の安定配当を維持するための配当原資の捻出や、目標利益の達成を容易にするための財務柔軟性の向上を目的に、利益減少型の報告利益管理が行われていると考えられる。本研究は、報告利益管理行動のおよそ四割を占めるとも言われている一方で、研究の蓄積の少ない利益減少型の報告利益管理の動機に関する実証的証拠の1つを提示するものともなる。企業の配当政策は、毎期、多額の現金が投じられ、多くの利害関係者の関心を集める重要な財務意思決定であり、企業価値に大きな影響を及ぼす。しかし企業の財務政策・投資決定が、企業経営者の会計行動に及ぼす影響について、配当政策の観点から検証した研究は世界的にいまだ限られた状況にある。わが国固有の商慣行やこれに由来する会計制度が、企業経営者の会計行動に与える影響を明らかにする研究は、ディスクロージャー制度のあり方に何らかの示唆を与えるものとなり得ることが期待されている。本研究の今後の展開としたい。
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