本年度は,ロボティック・プロセス・オートメーション(RPA)のようなITを利用した業務プロセス効率化の投資・支出は,業績評価システムや財務報告といかなる相互作用があるのかを,経営者のITリテラシーの観点から数理モデルに依拠して分析した。経営者が投資家に対し情報を開示すると,投資家は株価を形成する。株価の変動は経営者の利得に影響を及ぼすため,それを予測した経営者は開示の有無のみならず実体的な経営行動も変化させるであろう。このように,資本市場に対するディスクロージャーと企業行動は相互に関連していると考えられるため,こうした視点からの分析も重要である。 本年度の分析の結論は次のとおりである。第1にCEOやCIOなどのITリテラシーが高くなるほど,インセンティブ係数,RPA等の導入水準,および株主の期待効用は大きくなる。第2に開示する情報の特性によっては,情報開示の拡大がRPA等の導入を妨げる場合もありうる。第3に一定以上ITリテラシーの高いCEOや専門性の高いCIOが存在していると,情報開示の拡大を通じて株主の期待効用を高められる可能性がある。 この分析結果は,企業経営,会計研究および政策立案に対して次のような示唆を与える。第1に経営者のITリテラシーを高めたり専門性が高いCIOを登用することは望ましい。第2に経営者のIT リテラシーが高い企業や専門性が高いCIOが在籍している企業は,自発的にDXレポートを開示していたり,統合報告において情報関連技術に関する投資情報を積極的に記述している可能性がある。ただし,積極的に開示している企業が開示していない企業よりも情報関連技術に関する投資に積極的であるとは限らない。第3に長期的視点で投資を行う株主の利得を考えるのであれば,金融庁の強制的な情報開示政策と経済産業省のDX投資の推進は互いに連携を取りながら進めていく必要がある。
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