障害学は、障害の社会モデルのもと、障害の治療を忌避すべき手段として捉えてきた。一方で、医学によって障害の治療はこれまで試みられてきたし、医療科学技術の発展は現実にいくつかの障害に治療の道を開いている。また、障害者の中には、とくに中途障害者や進行性疾患の患者の場合に顕著なように、治療を望む人々がいる。従来の障害学の枠組みでは、こうした人々は障害の社会モデルを十分に理解できていない人々として扱う以外のやり方で障害学のなかに位置づけることができない。そこで本研究では、治療を望む人々の認識や実践を経験的に明らかにし、単に障害の治療を礼賛するのとは異なるかたちで、障害学による治療の扱い方を再検討することを課題とした。 とくに本研究では、ALSという神経疾患と、色覚異常を事例とした。 ALSについては、学会発表のほか、2019年に編著論文集に寄稿した。その中で、障害者として適応したかに見えつつも治療の希望を維持している事例から、生活の編成において障害の社会モデルを採用することと治療を否定することが自明に結びつくことではないことを明らかにした。2021年度には成果物を出すことが叶わなかったが、患者や支援者との接触は続けており、2022年4月時点で複数の調査の予定を立てている。新たな研究課題と並行するかたちで、この論点についても検討を続けていきたい。 色覚異常については、昨年度に学会報告を行い、執筆した論文を投稿した。その論文では、かつて日本で流行した色覚異常を治療する代替医療の言説を検討することを通じて、社会モデルを織り込み済みの医療モデルに対して障害学がどのように応答できるかという問いを開いた点で上記のALSをめぐる研究を補完するものである。なお、本論文は2022年4月に掲載が決定した。ただし、本課題の研究期間終了後なので報告書上は研究成果に含めていない。
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