研究課題/領域番号 |
18K12944
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研究機関 | 日本大学 |
研究代表者 |
仲野 由佳理 日本大学, 文理学部, 研究員 (90764829)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | ジェンダー / 犯罪者処遇 / ナラティヴ / 矯正教育 |
研究実績の概要 |
平成30年度は、日本におけるフェミニズムと非行・犯罪の関連をめぐる歴史的研究のための資料収集、女子刑務所の処遇プログラムとジェンダーに関する参与観察・インタビュー調査を実施した。 本研究は、諸現象に対するナラティヴ・アプローチを採用するが、犯罪・非行研究におけるナラティヴ・アプローチの妥当性について検討するために、日本犯罪社会学会第45回でテーマ・セッション「犯罪社会学におけるナラティヴ・アプローチの可能性と課題」を実施した。犯罪学領域におけるナラティヴ・アプローチは、近年北欧を中心に「narrative criminology」としての領域化が進む。実践的・研究的にも「抑圧的・支配的構造の脱構築」を主眼とし、フェミニスト犯罪学との親和性も高いと指摘されている。物語的アイデンティティの変容は、場の変容、そして社会的変容につながる可能性があること、多様な価値をめぐるナラティヴを対置・調整することの社会的意義を確認した。 また女子少年院在院者の社会復帰支援は、女性犯罪者・女性受刑者の社会への接合を検討する上でも重要であるので、平成30年度は女子少年院でのインタビュー調査と女子更生保護施設でのインタビュー調査の結果についても検討した。現行の社会復帰支援は、主に就労支援(特に建設業などの業種)に偏るなど、いわゆる「男子刑務所・男子少年院向け」であること、加害歴と同時に複雑な被害経験を有する女性受刑者・女子少年院在院者の場合には、福祉的・教育的・心理的支援が一層必要であり、退院後も引き続き社会的支援を必要としていること、女子少年の場合でも出産・育児歴があり、その社会復帰が相当困難なものであることなど、性別特有の課題が明らかになった。それらは、『犯罪社会学研究』(日本犯罪社会学会)と、実務家雑誌『刑政』(矯正協会)に論文としてまとめた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成30年度は(1)日本におけるフェミニズムと非行・犯罪の関連をめぐる歴史的研究と、(2)女子刑務所の処遇プログラムとジェンダーに関する質的調査・研究を行なった。(1)では米国や国内のフェミニスト犯罪学に関する論文の収集、女子刑務所や女子少年院での実践に関する実務家の論考(主に『刑政』等)の収集を開始した。女性犯罪者および女子非行少年は、入所や入院以前に福祉的支援・心理的支援に接続することなく被害経験を重ねていること、家父長制の影響にある「女性差別」の中で、犯罪や非行に関与する仲間集団においても劣位に置かれていることなどがわかってきた。刑務所入所や少年院入院に至るケースは「困難事例」であり、社会復帰支援が十分に機能しにくいという傾向をつかむことができた。 (2)については、女子刑務所での窃盗防止指導の参与観察および受講者(受刑者)への継続的なインタビュー調査、指導者(職員)へのインタビュー調査を開始した。2019年3月までに全10回の1クールのうち、4回のプログラム観察データ(ビデオ映像)と、受講者2名に対する4回の受講後インタビューの音声データを収集した。プログラムのテーマは「窃盗」であるが、窃盗に至る過程の振り返り、被害者理解、アサーション(自己表現)、ロールプレイなど、各回ごとに様々なテーマが設定され、包括的・多角的に自己の経験を見直す契機となっていることがうかがえた。さらに、各回では、結婚・子育て・家族・介護など、家庭内のケア労働の中で、社会的に孤立していく過程に関する語りが散見された。一方で、家計を支えるために共働きではあるものの、家計に占める収入格差という点から、父や夫などからは抑圧的に扱われている様子もうかがえた。家族が適切な繋がりや居場所とはならず、家族を一方的にケアする環境に縛られて社会的に孤立するプロセスが明らかになってきた。
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今後の研究の推進方策 |
平成31年度は、引き続き、日本におけるフェミニズムと非行・犯罪の関連についての研究や実践報告の収集を行い、それらの歴史的な分析を取りまとめる。その中でも、マーガレット・アクション以後の「女性特有の問題性への着目」という政策的動向を踏まえ、それがいかにして問題化されたのか、いかなる問題として構築されたのかに関して、女性特有のニーズに対応したプログラムの策定に関わった職員へのインタビュー調査を実施する。 また平成30年度に続き、平成31年度も10月までの計2クールの参与観察・受講者インタビューを実施する。複数のクールの観察によって、平成30年度の観察による知見が「特定のグループ特有」のものであるのか、普遍的なものであるのかを確認することができる。また、本研究が着目する「窃盗防止指導プログラム」の「窃盗」は広義に用いられており、いわゆる万引きから特殊詐欺・カード詐欺まで、様々な受刑者を包括するカテゴリーである。受刑するに至った経緯や背景の違いの影響を検討するには、より多くのグループを観察する必要がある。 さらに、女子受刑者・女性犯罪者の場合、受刑をきっかけとして様々な教育・支援を受ける機会につながるものの、復帰する社会にはいまだにジェンダー格差が残っている。女性特有の困難に対する教育プログラムは、そうした社会復帰後の生活に対してどの程度役割を果たしているのかを検討する必要がある。そこで、平成31年度は、更生保護施設(女性寮)や成人女性に対する社会復帰に関する支援団体へのインタビュー調査等を実施する予定である。
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次年度使用額が生じた理由 |
女子受刑者のプログラム観察および受刑者インタビューについて刑務所内の職員配置の関係上、当初の予定していた実施時間・回数より少なかった。そのためテープ起こし費用等で誤差が生じた。平成31年度は秋までのプログラム観察・受刑者インタビューを実施するが、平成30年度の状況を踏まえて職員配置や実施日等を調整することになっている。 平成31年度は、さらに2クール(1クール3ヶ月)のプログラム観察・受刑者インタビューに加えて、「女性特有の問題性のためのプログラム」開発に関わった職員へのインタビュー、更生保護施設や支援団体関係者へのインタビュー調査などを実施する。フィールド調査の旅費・テープ起こし費用等での支出が見込まれる。 さらに引き続き、国内外のフェミニスト犯罪学や社会復帰支援に関する資料収集を行うため、資料の複写・図書の購入費に支出が見込まれる。
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