本研究では、20世紀以降の工業化・都市化とともに発展してきた隅田川以東の下町エリアを舞台に、脱工業化・グローバル化の下で進む東京の都市空間の再編過程の解明を試みた。3つの調査対象地(墨田区押上、江東区清澄白河、江戸川区小岩)はいずれも東京インナーシティの一角にあり、産業化・都市化とともに形作られた地域社会の諸要素が大きな転換期を迎えているところに共通点がある。本研究では、こうした地域社会の具体的な再編過程をとらえるために現地調査(インタビューおよび参与観察)を実施し、また政策文献や統計資料、住宅地図のデータなどを多角的に分析した。とりわけ、行政や企業、住民など様々なアクターの思惑が交錯する場としての「まちづくり」を分析の切り口に設定し、変わりゆく地域において何が、どのような人々の間で「問題」とされているのかを分析した。とくに23年度は長期化したコロナ禍の中でなかなか実現できなかった現地調査を通じた調査対象の把握という面で大きな進展があった。 研究成果として明らかにしたのは、次の3点である。第一に、3つの調査対象地は2000年代以降の都心回帰の結果、物理的には再開発による街並みの更新と過密の解消、社会的には中産階級の流入および地域社会に多元化が進んだ。したがって、先行研究において指摘された「下町」ならではの社会経済的な特質は弱まりつつあると言ってよい。第二に、しかしながら記号・イメージとしての「下町」は完全に消え去ったのではなく、地域活性化や観光地化の文脈において部分的にその意味を更新しながら用いられている。第三に、ジェントリフィケーションの進行という意味では、3地点の間でも、またそれぞれの地点の内部においても町丁目レベルでもかなり差が見られた。
|