本研究は、グローバリゼーションが進行する社会のなかで求められる、自己と異質で多様な文化的背景をもつ他者と共生するための価値観の形成をもたらす音楽教育の方法を明らかにすることを目的とした。研究期間中に生じた世界的な感染症拡大による影響で、期間を延長するとともに、計画していたドイツにおける現地調査や学校現場でのカリキュラム開発研究の実施が難しくなったため、文献調査を深める方向へと計画を変更しながら進めた。 最終年度には、主にドイツの音楽教授学者C.ヴァルバウムによる異文化間音楽教育の具体的な授業の在り方について検討した。客体としての音楽文化の多様性よりむしろ人々にとっての音楽の意味の多様性に目を向けるこの授業が、自らの音楽知覚の方法から距離を取り美的な自由を獲得する機会を提供すること、その方法は自分にとってなじみのない音楽に魅力を感じている他者の音楽知覚の方法を追体験させることで新たな知覚の方法をひらくものであることを明らかにした。また、多様な他者の音楽知覚の方法の理解を通して、多様な文化的背景をもつ他者との共生へ導く点にこの教育の意義を見出した。 研究期間全体の成果の重点は、現象学および解釈学的なアプローチを採用するドイツの音楽教育論や芸術論の検討を通して、音楽作品の多様性だけでなく音楽を営む人々にとっての意味や価値の多様性に着目すること、および多様な音楽文化が行き交う現代社会において子どもたちが自らの音楽生活をみつけ、創り出していくことの必要性を明らかにし、その具体的な授業のあり方にまで迫った点にある。このような音楽教育の在り方は、多様な他者との対話を通して人々にとっての音楽の意味の多様性を知りながら子どもたちが自分にとっての音楽の意味を深めていくものであり、そのようにして自己、他者、音楽世界の新たな認識を開きながら音楽文化的アイデンティティーの形成を促すものである。
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