研究課題/領域番号 |
18K13162
|
研究機関 | 広島大学 |
研究代表者 |
上ヶ谷 友佑 広島大学, 附属福山中学校, 教諭 (80813071)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
|
キーワード | 数学教育 / 研究方法論開発 / 授業実践論 / 計量言語学的分析 / 推論主義 |
研究実績の概要 |
本年度は,昨年度の研究成果に基づき,国際誌掲載を含む複数の研究実績を得ることができた.昨年度は,本研究が新しい研究方法論の候補として着目している計量言語学的手法を数学教育研究の中にきちんと位置づけるためには,その哲学的基盤として推論主義と呼ばれる哲学が重要であることを突き止めていた.本年度の最大の成果は,その推論主義と親和的な研究方法論の条件について,「概念化」という考え方の再規定と評価の観察者効果について提言できたことである. こうした提言も踏まえ,推論主義と計量言語学的手法を併用して数学の学習者の様相を捉えようとすることの重要性は,実際の学習者の様相を複数分析することを通じて論じることができた.例えば,この新しい研究手法を用いて,数学学習における「試験」は,A) 他の生徒達とコミュニケーションすることを通じて数学的内容について議論したり,その理解を深めたりする役割,B) 生徒達が他者と証明を通じて適切にコミュニケーションする能力をどの程度有しているかを生徒達に知らせる役割,C) どんな数学的言明が成り立つかだけでなく,それがなぜ成り立つのかに関心を持つことの重要性を認めさせる役割,という3つの役割を有していることが明らかとなり,今まで数学不安との関係の中で否定的役割ばかりが注目されてきた「試験」の肯定的役割を見出すことに成功した. また,こうした研究方法論を適用して分析するための具体的な数学の授業論を検討するため,数学的活動における存在論的問題として「領域内の存在」と「領域それ自身の存在」を区別した教材研究の必要性を提言した.これは,計量言語学的手法の結果を解釈する際の1つの視点になり得る. 副次的な成果として,推論主義が,数学教育研究を超えて,教科教育研究全般に与え得る影響についても論じることができた.あらゆる学問領域の境界を超えて,推論主義は可能性を秘めた哲学である.
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初の計画では,今年度の前期に国際誌投稿を計画していた.しかしながら,昨年度の段階で投稿まで漕ぎ着けることができ,今年度は,査読結果を踏まえながら修正再審査に挑み,実際の掲載にまで至ることができた.特に,昨年度末に「今後の研究の推進方策」として掲げた推論主義について基礎的な研究を積み重ねることが,実際に実りを得ることができたと考えられる.概ね1年間分,前倒しで計画が進んでいると言え,当初の計画以上に進展していると判断できる. 加えて,計量言語学的手法の基礎を,数学教育研究としての有用性を高めながら固めていく作業が並行して実現できている.複数回の学会発表を得て,識者から多数のコメントも得ることができ,研究方法論として現実味を帯びてきたように思う.この点も,当初の計画以上に進展していると評価できる. ただし,そうした基礎的な研究の積み重ねと並行して実際の教授実験及びその分析を複数実施する予定であったが,そちらについては1つのみしか進められておらず,研究成果の整理も十分に追いついていない.研究方法論開発ということで,基礎研究と応用研究の両方をある程度にらみながらせざるを得ないが,応用部分については少し当初の計画よりも遅れが出ているといえる. 基礎を固めてから出ないと応用研究に着手できないという点で,この遅れは現実的に許容可能な遅れであるため,総合評価としては,「概ね順調に進展している」と判断する.
|
今後の研究の推進方策 |
計量言語学的手法を支える背景哲学として推論主義を援用することが有用であることが,十分な確度をもって論証できつつある.しかしながら,そうした研究成果の累積に伴って新たに明らかになってきたことは,推論主義それ自体がなかなか適切に理解されず,そうであるがゆえに計量言語学的手法の妥当性についても十分に伝わらないケースが多いということである.計量言語学的手法は,再現性実験がなかなか困難であった教育研究に対して大きな科学的前進をもたらすと期待される方法論ではあるが,その実証された結果を,正しい形で理解するための背景哲学が難解であるがゆえに,なかなか広く利用しやすい状況にあるとは言えない現状にある. そこで,当初,3年目の研究計画としては,開発された研究方法論を用いて繰り返し実証実験を行い,再現可能性テストなども含めた実験ができれば良いと考えていたが,計画を変更して,きちんと推論主義の意義が理解されるよう,推論主義それ自体の数学教育研究への援用を正当化するための基礎研究がもっと必要であると考えるに至った.今後の研究として,応用研究にも引き続き着手していきたいとは思うが,基礎と応用で同程度に力を入れていく予定だったところを,基礎研究に重点を置いて研究を進める方策へと転向したい. 実際,コロナウィルス感染拡大防止を意図した休校措置や,授業実施方法に関する制約によって,当初計画していたような形で繰り返し実証実験を行う環境が失われてしまった.被験者である生徒達に感染リスクを負わせないための研究倫理上の配慮として,応用研究よりも基礎研究に力を入れる方向転換は,社会情勢を鑑みても避けることのできない研究計画変更である.
|