本研究課題は「現代科学的視点と学習者の認識形成」の課題を考慮した「電子のふるまいを表現した化学変化のモデル」を理論的・実践的に明らかにするものである。目的を達成するためには、現代科学とは何か、化学とは何か、化学変化とは何か、モデルとは何かといった「現代科学的視点」と、「学習者の認識形成」という「双方の課題」を考慮した「妥当なモデル」を明らかにする必要がある。 「双方の課題」を結びつける基礎的枠組として「科学理論における適用限界」に着目した。これは実施計画における具体的課題(①「適用限界」の分析による「“電子のふるまい”を表現した化学変化のモデル」、②適用限界を克服するための「一連の補足的なモデルと実験の系列」)に対応する。 日本の科学教育において「科学理論における適用限界」「モデル」が論争的性格を帯びながら議論されたのは「教育の現代化(探究の過程)」の受容過程の時期である。日本における「教育の現代化運動」は、アメリカにおける探究学習論の影響を受けている。1960年代後半から70年代初頭の日本の理科教科書では「ボルトとナット」を使用した化学変化のモデルが使用されており、これはアメリカにおける『IPS物理』との同一性を確認できる。ボルトとナットでは、H2Oのような結合を示すことができても、H2のような結合を表すことはできない。従来の研究では、ボルトナットモデルのこのような問題性や、この時期のモデル論の一般的特徴を科学哲学的に批判(観念論的傾向や反科学論的性質)してきた。しかしこのような問題性があるにも関わらず、アメリカ・日本においてなぜそうしたモデルが構成され使用されたのか、教科書作成者側の「論理」を先行研究は明らかにしていない。 そこで本研究では『IPS物理』における適用限界型の単元構成を抽出し、その根拠拠となる科学教育論としてJ.シュワブの探究学習論に注目し検討を加えた。
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