研究課題/領域番号 |
18K13267
|
研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
小倉 有紀子 東京大学, 大学情報理工学系研究科, 特任研究員 (00794728)
|
研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
|
キーワード | 運動解析 / 生産者-略奪者ゲーム / 探索-搾取 / 皮膚コンダクタンス反応 / 瞳孔径 |
研究実績の概要 |
「ただ乗り行動」とは、利益を獲得するために必要なコストを自分で支払わず、他者の発見にただ乗りすることを指す。生物学・行動生態学の観点からは「生産者-略奪者ゲーム」という枠組みで論じられている。生産者は自らコストを払って利益(餌報酬)を探索し獲得するが、略奪者は生産者の発見にただ乗りする。生産者が多くいる集団では略奪者が有利に振る舞うが、略奪者が増えすぎると利用できる餌が少なくなり、今度は生産者が有利になる。こうして集団における生産者:略奪者の比はNash均衡と呼ばれる平衡点に至る。このようなゲーム状況では、生産者・略奪者ともに「確実な小報酬」を素早く獲ろうとする戦術を採ることが有利と予想され(Ogura, Amita and Matsushima 2018 Front Appl Math Stat)、ヒヨコとヒトを対象とした採餌(摂食)行動実験からこの予想が支持されている(Ogura and Matsushima 2011 Front Neurosci, Ogura, Masamoto and Kameda 2020 R Soc Open Sci)。 前年度までに、「『確実な小報酬』を素早く獲る」行動の生理学的基盤の解明を目標として、ヒト被験者を対象とした行動実験および生理計測を行った。被験者に共食者の映像を呈示し、摂食行動の計測と併せて皮膚コンダクタンス反応・瞳孔径および視線・筋電データを取得した。 今年度はこのデータの解析を行った。高脅威な共食者の動画を呈示することで、皿に手を伸ばす運動(リーチ)の回数が増えた。また、被験者と共食者の運動軌跡の解析から、被験者のリーチは、共食者のリーチに引き続いた反応というよりは、共食者のリーチに先んじて予測的に生じていることが示唆された。つまり被験者は、食物を盗られる脅威に対して適応的な行動戦術を取っていたとみることができる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
当初はヒト集団において生産者/略奪者戦術の切り替えが生じるマクロなメカニズムに着目していたが、前々年度までの結果を踏まえ、単独の採餌者が共食者の存在によって摂食行動を切り替えるミクロなプロセスに着目することにし、飲食を伴う行動実験をメインとした研究計画に切り替えた。昨年度に行動および生理計測(皮膚コンダクタンス反応・瞳孔径および視線・筋電の同時計測)を行い、データを収集した。共食者の存在下では摂食に係るリーチ運動(皿に手を伸ばす動き)の回数が増しており、先行研究(Ogura, Masamoto and Kameda 2020 R Soc Open Sci)が指摘したのと同様の戦術シフトが生じていることが示唆された。この実験を行った後、コロナウイルスに係る状況が深刻化し、飲食を伴う実験であることも相まって、現在に至るまで追加の実験を行うことが困難な状況にある。そのため、現時点で得られているデータからなるべく多くの情報を抽出する方針で研究を進めている。当初、被験者の運動解析はリーチの回数とタイミングを抽出する目的で簡易的に行う計画であったが、昨年度の予備的な解析により、被験者の動きが共食者の動きに引き込まれていることが示唆された。そこで、機械学習の手法を用いた運動解析を新たに導入し、リーチ運動の軌跡を詳細にトラッキングした。被験者が共食者の動きからどのように影響を受けているかを明らかにするため、トラッキング時系列について移動エントロピーに基づく解析を行った。予備的な結果であるが、被験者は共食者の動きに対して受動的に反応しているのではなく、共食者の動きを予測して動いていることが示唆された。現在は動作解析を更に精緻化させるとともに、動作と生理指標時系列との関連を調べている。
|
今後の研究の推進方策 |
現在、機械学習の手法を用いた動画解析のバリデーション作業を進めている。この作業が終わり次第、被験者の動きと共食者の動きという2種類の行動時系列、および生理指標(皮膚コンダクタンス反応、瞳孔径)の時系列について、移動エントロピーに基づく解析を行う予定である。これにより、複数時系列間の影響の向きを推定することができるため、共食者の動きを予測するような運動の背景にいかなる生理メカニズムがあるのかをモデル化できると期待される。この解析によって、被験者の予測的な動きがどのようなメカニズムで生成されるのかを明らかにする。これらの解析結果について学会発表、論文投稿を進める。 本研究は今年度が最終年度であるが、将来的に行動戦術シフトの神経基盤を解明できるようなfMRI実験を行うことを計画している。そのためにまず摂食実験パラダイムをfMRI内でも実施できるよう改変し、行動実験を行って一貫した結果が得られることを確かめる必要がある。その後fMRI実験を実施し、運動予測と採餌戦術シフトに係る脳領域を明らかにする。
|
次年度使用額が生じた理由 |
コロナウイルス流行のため、参加予定の海外学会が中止になり、国内学会もオンライン開催となったため、旅費が発生しなかった。また飲食を伴う実験であるため、被験者実験を実施できず、被験者謝金およびMRI利用料の支払いが発生しなかった。次年度はWeb実験(Zoomで動画を呈示するなど)も考慮に入れて実験を再開する。また、解析用のメインPCが本年度に一度故障しており、修理対応で間に合ったものの、次年度は新規に購入する計画である。
|