本研究の目的は、近年,社会心理学領域において対人関係の形成や維持の文化差を説明する要因として注目されている関係流動性の理論に基づき,「社会における対人関係に関する選択肢の多さ」の指標である関係流動性によって,顔記憶の形成メカニズムが異なるかについて実験心理学的手法を用いて検討することであった。 昨年度までの最小条件集団パラダイムを用いた実験において、米国人では内集団バイアスが生じ、外集団に所属する人物の顔に比べて自身の所属する内集団成員の顔をよく記憶するのに対し、日本人ではそのような内集団バイアスが生じないことが示唆された。日本人に比べて米国人では関係流動性が高いことが示されており、関係流動性の高さが関与している可能性が示唆された。そこで、本年度は、日本人参加者に対して最小条件集団パラダイムを用いた実験を行い、関係流動性の高さにより、内集団バイアスの強さが調整されるかを検討した。その結果、予測通り、関係流動性の高低によって内集団バイアスの生じ方が異なることが示唆された。具体的には、流動性低群において外集団成員の顔に比べて内集団成員の顔をよりよく記憶しているのに対し、流動性高群においては内集団成員の顔に比べて外集団成員の顔をよりよく記憶している傾向が見られた。 この結果は、少なくとも日本人においては、関係流動性の高さが内集団バイアスの生起に重要な役割を果たしていることを示している。ただし、本研究では、関係流動性低群において内集団バイアスが生じており、関係流動性の高い米国において内集団バイアスが明確に生じるが、関係流動性の低い日本において内集団バイアスが生じないというこれまでの予測とは相反する結果となった。このような結果になった理由は明確ではないが、生態学的要因である関係流動性の影響が、米国と日本では異なる形で生じる可能性が示唆される。この点については、今後の検討課題である。
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