研究課題/領域番号 |
18K13317
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研究機関 | 白百合女子大学 |
研究代表者 |
松田 なつみ 白百合女子大学, 人間総合学部, 講師 (20814685)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2022-03-31
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キーワード | トゥレット症候群 / チック / 認知行動療法 / 行動実験 / 前駆衝動 / 質問紙研究 |
研究実績の概要 |
児童期発症の慢性的なチック障害であるトゥレット症は、まばたきや咳払い等の軽症なチック症状の他、人によっては身体を傷つけるような運動チックや叫び声等の症状を持ち、生活に支障をきたす場合があり、効果的な治療が必要とされる。しかし、現在の薬物療法や行動療法等の治療には副作用の問題や治療反応率の低さなどの限界がある。より効果的な治療の開発が難しい背景には、チックの病態が複雑でありチックの病態解明が進んでいない点がある。チックの病態の中でも、感覚現象とチックの半随意性(抑制可能性)という性質は、チックの行動学的理論とそれに基づく効果的な行動療法を開発する上で重要であるが、未だ十分に解明されていない。感覚現象とは、チックの前後に生じるチックと関連する不快な感覚であり、主にチックが出る前に生じる感覚に焦点をおいて前駆衝動と呼ばれることも多い。本研究では、行動療法や質問紙、行動実験等を中心とした方法を用いて、チックに伴う感覚現象とチックの半随意性の研究を行うことによって、チックの病態を解明し、効果的な治療、特に行動療法の開発への示唆を得ることを目的とする。 本研究は、特に、チックに伴う感覚現象と抑制についての次の3つの問いについて研究する。問1.チック症状の減少に、感覚現象と抑制能力はどのように寄与するのか? 行動療法を中心とする治療によってチック症状が減少する時、感覚現象と抑制能力はどのように変化するのか、治療経過中のチック症状、感覚現象、抑制能力の変化を探る。問2.チックの抑制は感覚現象を悪化させるのか?行動療法等を通じて、抑制や拮抗反応の使用による感覚現象の短期的・中長期的変化を検討する。これらの問いへの答えをまとめて、問3.感覚現象に対してどのように対処するのがよいのか? に応え、より良いチック症状に対する行動療法を検討する。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
今年度は主に、これまでの研究成果の整理や発表、研究計画の見直しに焦点を当てて研究を進めた。 まず、チックに伴う感覚現象の二つの側面とチックの抑制能力の関連を明らかにした研究を、Frontiers in Psychiatry誌に投稿し、受理された。本論文では、感覚現象を「チックが出る前に気づく」というチックの前触れとしての側面と、「チックに伴う不快な感覚にとらわれ、チックを出さない限り苦しい」という強迫的な感覚へのとらわれとしての側面の2つを別個に測定する尺度を作成した。その上で、「チックが出る前の気づき」と「感覚へのとらわれ」は相関せず、「チックが出る前の気づき」が高いほどチックの抑制が容易になる反面、「感覚へのとらわれ」が強いほど、チックの抑制がしづらくなる可能性を示唆した。また、チックと前駆衝動及びそれに対する抑制を含めた自己対処について、これまでの申請者の研究成果をまとめ、「トゥレット症候群のチックへの自己対処と効果―前駆衝動と半随意性に着目してー」を執筆し、風間書房から出版した。 また、これまでのチックへの認知行動療法の介入結果を見直すと共に、介入効果と関連する要因を検討した。その結果、介入効果を下げる要因の一つに、前駆衝動に対する馴化が難しい事例の存在が挙げられた。チック症状へのハビットリバーサルは、チックが出そうになった時にチックの替わりに拮抗反応を行うことで、結果的にチックを出さずに済むようになる方法である。当事者の中には、拮抗反応後、2-3分で感覚現象が消える方もいれば、数十分経っても感覚現象が消えずに苦しい思いをする方も存在し、後者の場合、介入がスムーズに進みにくい傾向が見られた。また、これまでの行動実験の再解析を行い、抑制後に前駆衝動の増加をより強く感じる当事者ほど、チックの抑制が難しくなるという予備的な結果が得られた。
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今後の研究の推進方策 |
1.チックへの認知行動療法実施中の感覚現象の馴化についての検討.これまでの研究結果から、抑制時の感覚現象の増加や、拮抗反応使用時の感覚現象の長時間の持続が、チック症状への介入を難しくさせる要因であることが示唆された。そのため、チックへの認知行動療法の中で、1.感覚現象(前駆衝動)は本当に馴化するのか? 2.感覚現象(前駆衝動)の馴化には個人差があるのか? 3.その個人差に影響する要因は何か? という問いを解決するために、感覚現象(前駆衝動)の変化を詳細に検討する介入研究を行う。具体的には、チック症状ごとの感覚現象の詳細な変化を見るための質問紙を作成し、毎回実施する。チック症状及び感覚現象値の変化の傾きを介入前後で比較し、感覚現象値がチック症状と連動して、介入後に変化するのか検討する。データポイントは、介入前に5回以上、介入後に12回以上とることができるように工夫する。 2.効果的な自己対処の内容についての研究.昨年度に実施したチックへの自己対処の内容尺度についての分析を進め、どのような自己対処を行うことが効果的なのか検討し、論文を作成、投稿する。 3.チックに対する行動療法のランダム化比較試験に向けた準備.これまでのチックへの行動療法の結果をまとめ、論文として投稿した上で、CBIT等の海外のチックへの行動療法のプロトコルを参考に、日本における効果的なチックへの行動療法のプロトコルを作成する。その上で、来年度以降、国内でのチックに対する行動療法のランダム化比較試験を行うための準備を行う。特に、一部をオンラインで実施する場合の被験者の動機付けや介入効果への影響等の検討や、上述した詳細な感覚現象の変化の記述等の被験者の動機付けへの影響等を検討する。
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次年度使用額が生じた理由 |
新型コロナウイルスの影響により、新規に被験者を募集することが難しかったこと、さらに申請者が主な研究機関である東京大学医学部附属病院から離れ、別大学に就職したことにより、東京大学医学部附属病院での自由な研究がしづらかったこと等により、新たな研究を進めることがあまりできなかった。次年度はこれまでの研究をまとめると共に、今後のランダム化比較試験のための準備を行う。また、現在は、東京大学医学部附属病院に通院中の方に限定して、チックへの認知行動療法の研究を行っているが、より大規模にリクルートを行い、介入研究が実施できるように、チックへの認知行動療法ができる臨床家の育成やオンラインでの治療のプラットホームの作成、リクルートのためのホームページの作成等を行う予定である。そのための人件費や被験者の交通費等に費用を要する予定である。
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