司法において被告の責任能力が問題になる際、自らの行為によって社会的な悪影響が生じるのかを予測して行動を調整する機能が注目される。本研究の目的は、このような機能の働きを客観的にとらえる指標の開発に向けて、自らの行為が引き起こした社会的事象に対する心的活動を捉える指標を探索的に検討することであった。 自らの行為によって生じた結果に対する感覚体験が減衰することが知られる。この感覚減衰について検討するうえで、事象関連電位の初期成分を検討することが多い。本研究課題における研究においても、自己の意思決定よって生じた他者の顔表情の変化に対して、顔の知覚に関連すると考えられるN170の振幅が減衰することが確認された。顔表情については、特に怒り表情の視線が自己に向けられているときに行動抑制をする場合、事象関連電位のN2とP3が増幅し、顔表情の変化と自己の関連が後の行動を調整する可能性が示唆された。ただし別の研究では、虚偽検出で広く用いられる課題と指標を用いた場合、虚偽の否定と正直な肯定を比較すると、いずれも自己の行動だが前者の方が皮膚電位反応が大きいことが示された。これは虚偽という社会的規範の逸脱に伴う情動的反応を反映していると考えられ、行動の種類によって、減衰というよりも亢進される心的活動があることを示唆した。 このような研究結果を踏まえて、令和5年度においては、行為主体性に関して実務的な測定に耐えうる指標を検討するために、感覚減衰を主観レベルで測定する実験を実施した。自らが生成した音刺激に続けて同じ音刺激を呈示したときの音量の比較判断を行う課題において、行為主体感の問題が想定される統合失調型パーソナリティや強迫傾向が自己生成音の音量を小さく感じることと関連することを示した。このように主観的判断による感覚減衰についても行為主体感の低下の指標となり得る可能性が示唆された。
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