研究実績の概要 |
前年度の研究に引き続き,格子偏極K3 曲面の周期写像を用いてIV 型有界対称領域上の保型形式の構成を行った.特に,格子が与える二次形式がKneser 条件という整数論的な条件を満たす場合において,階数が5の例外型複素鏡映群の不変式とテータ関数を用いて周期写像の逆写像を明示的に表示した.このことは、整数論で重要なHermite モジュラー形式と呼ばれるモジュラー形式に,K3 曲面の変形を介して幾何学的意味付けを与えたことに相当する.この結果を志賀弘典氏(千葉大学)との共著論文にまとめた(arXiv:2004.08081).テータ関数は非常に強い整数論的な性質を持つため,K3 曲面の数論性の研究を進展させるためにこの結果は役立つと期待される. また,K3 曲面のモジュライ空間におけるオービフォールドの幾何学とK3 曲面の退化を用いた手法により,K3 曲面の周期写像を用いて幾つかの場合に保型形式環を構成した.植田一石氏(東京大学),橋本健治氏(東京大学)と定期的に打ち合わせを重ねて研究を進めており,その結果の一部を植田氏との共著論文にまとめた(arXiv:2005.00231). 更に,楕円関数に関係する微分方程式にLame の微分方程式というものがある.楕円関数は整数論で重要なものであるが,Lame の方程式を整数論の視点から研究したものはほとんどない.Lame 方程式の整数論的性質の解明を目指し,Lin Chang Shou 氏(国立台湾大学)と研究打ち合わせを開始した. その他,Hermite モジュラー形式の数論的な性質についてC.Ritzenthaler 氏(Univ.Rennes I)と,また二次形式の数論性についてE.Bayer-Fluckiger 氏(Ecole Polytechnique Lausanne) と研究情勢についての情報交換を行った.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度の当初の目標は,Kneser 条件を満足する格子に付随して現れる保型形式を整数論に応用するための足掛かりとして,保型形式をテータ関数で明示的に表示することであった.これは達成された.また,前年度に引き続いてオービフォールドの技法を用いて保型形式を決定する研究を進めることができた. 以上の理由から,研究計画はおおむね順調に進展している.
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今後の研究の推進方策 |
Bianchi モジュラー形式は実3 次元双曲空間の上の実保型形式で,Langlands プログラムなど現在の保型表現の研究の研究者に注目されている.しかし,今の所多様体のモジュライを通した幾何学的な意味付けは殆ど知られていない.今年度得られたK3 曲面の周期を介したHermite モジュラー形式のテータ表示を用いて,次のようにBianchi モジュラー形式の幾何学的な意味を明示的に与えることができると期待される.今年度の研究対象であったHermite モジュラー形式は,符号数(2,2) のI 型有界対称領域の上で定義された関数である.この対称領域に実3 次元双曲空間が埋め込まれることが知られている.この埋め込みでHermite モジュラー形式を引き戻すことによって,Bianchi モジュラー形式が得られるのではないかと予想される.今後この研究を,Bianchi モジュラー形式の専門家であるH. M. Sengun 氏(Univ.Sheffield)と情報交換を緊密に行いながら進める予定である. また,代数的組合せ論の専門家である大浦学氏(金沢大)との議論により,テータ関数と複素鏡映群の不変式には非常に良い関係がありうるという認識を深めた.今年度得られた結果のテータ関数を用いた保型形式では,複素鏡映群のうち例外型で階数が5 の群の不変式を用いる.K3 曲面の研究においてはルート系が重要な役割を果たすことが多いが,複素鏡映群が定める組合せ論的構造にも注意して今後の研究を進めたい. また, Lin Chang Shou 氏(国立台湾大学)と研究打ち合わせを今後も行い,楕円関数が定める微分方程式の整数論的な性質の解明を目指す.
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