研究実績の概要 |
昨年度の課題として掲げていた (1) 精子遊泳おけるelastohydrodynamics(弾性流体力学、物体構造連成問題)関する総説論文の執筆 は、論文を完成させ出版することができた[Gaffney, Ishimoto and Walker, Front Cell Dev Biol, 2021]. さらに、遊泳問題に関するelastohydrodynamicsについて (2) 奇弾性による記述により、流体中を自己推進する物体に関するelastohydrodynamicsの統一的な遊泳公式を導出することに成功[したIshimoto, Moreau and Yasuda, Phys Rev E, in press]. これは昨年度終了時に問題として残っていた「弾性論と流体の相互作用を記述する一般的な枠組み」を全く別の手法により解決したことになる。生物のような自発運動を行う物体を、エネルギー保存則を満たさない物体と捉えると、弾性体の基本的性質であるMaxwell-Betti相反性が破れる。この破れにより、非対称な弾性係数を持つことが許される。これが奇弾性である。一方で、この弾性係数の相反性の破れにより、微小遊泳の基本定理である帆立貝定理(scallop theorem)が禁じる相反変形(往復運動)から逃れることが可能になり、遊泳も可能になる。実際、一般の線形弾性体に限ると、弾性係数の非対称性(奇弾性)が非ゼロの遊泳速度を与えるための必要十分条件であることも見出した。この結果は、弾性論と流体の相互作用を記述する一般的な理論的枠組みとして、極めて広い適用範囲を有しており、今後の展開が期待される。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
昨年度までの研究計画で掲げた3つの研究課題 (1) 多数の鞭毛顕微画像からの鞭毛波形の特徴づけ、(2) 精子間の流体相互作用検証、(3) 弾性と流体の双方が含まれる鞭毛遊泳の理論解析、は全て達成済みである。さらに、当初の計画になかった進展が複数あった。 特に、流体流れ場中の物体の運動に関して、物体の対称性に基づいた一般的な枠組みの構築の可能性を見出した。該当年度とその前年度に行った理論的な解析より、物体の幾何学的な対称性と流体抵抗テンソルに反映される対称性の間には一対一の関係性がないことに気づいた。自己推進物体を含む物体の流れ場中の運動法則に関する解析を進めている。 また、精子ー卵クラスタモデル[Ishimoto, Ikawa & Okabe, Sci. Rep., 2017]に対して、複数鞭毛の非対称な配置を持つ場合の解析を進め、複数の安定形状を持つ可能性があることを理論的に示すことができた。さらに今年度に関しては、奇弾性記述による流体構想連成問題の統一的な理論解析が可能性になった点も大きな進展である。
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