研究課題/領域番号 |
18K13492
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研究機関 | 東京大学 |
研究代表者 |
水上 雄太 東京大学, 大学院新領域創成科学研究科, 助教 (80734095)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2020-03-31
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キーワード | 軌道選択モット転移 / 電子ネマティック状態 / 鉄系超伝導体 / 電荷密度波 / XYネマティック |
研究実績の概要 |
本研究は過剰ホールドープ鉄系超伝導体RbFe2As2、CsFe2As2における新奇ネマティック状態を明らかにすることを目的とする。鉄系超伝導体においては超伝導相に隣接して反強磁性相と、電子ネマティック相が存在することが知られている。しかし鉄原子が3d6の電子配置をとる多くの鉄系超伝導の母相に過剰にホールをドープし、3d5.5となった系においては、電荷密度波や方向の異なる新奇なネマティック状態を示唆する結果が報告されており、電子状態を明らかにすることが重要となっている。本研究においては、電子ネマティック状態を検出するために弾性抵抗によるネマティック感受率測定を、試料のFe-Fe方向とFe-As方向の両方に対して行った。ネマティック感受率はネマティック状態を検出するうえで非常に強力な手法である。また熱力学的に電子ネマティック状態を検証するために磁場角度回転比熱測定を行った。 まずRbFe2As2、CsFe2As2において、ネマティック感受率はFe-Fe方向では大きな温度依存性を示さないことが分かった。一方、Fe-As方向においてキュリーワイス的な温度依存性を示し、低温で増大することが分かった。特にRbFe2As2では40K付近でキンクを示しており、これはFe-As方向への新奇なネマティック相への転移を示唆している。RbFe2As2においては2.6Kで超伝導転移するが、この転移温度付近で磁場を結晶のab面内で回転させた磁場角度回転比熱測定を行ったところFe-As方向のネマティシティと整合する比熱の面内振動が観測された。これはネマティック感受率で示唆されたネマティック状態が熱力学的な相であることを示している。一方、Ba置換系(Ba,Rb)Fe2As2を対象とした研究を行ったところ、その中間領域でXYネマティック状態を示す結果を得た。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
過剰ホールドープ鉄系超伝導体RbFe2As2、CsFe2As2において、鉄系超伝導体においてこれまでに主に報告されてきたFe-Fe方向のネマティシティとは異なった、Fe-As方向のネマティシティの存在を示す結果を得た。RbFe2As2、CsFe2As2において、電子ネマティック状態を鋭敏に検出するネマティック感受率測定を行ったが、ネマティック感受率はFe-Fe方向では大きな温度依存性を示さない一方、Fe-As方向においてキュリーワイス的な温度依存性を示した。特にRbFe2As2では40K付近でキンクを示しており、これはFe-As方向への新奇なネマティック相の存在を示唆している。さらに、RbFe2As2においては磁場を結晶のab面内で回転させた磁場角度回転比熱測定を行ったところ、2.6Kの超伝導転移温度付近で比熱の振動が観測された。その振動はFe-As方向と整合しており、ネマティック感受率で示唆されたネマティック状態の存在の熱力学的な証拠となっている。一方、ネマティック状態のホールドープ量に対する変化を調べるためにBa置換系(Ba,Rb)Fe2As2を対象とした研究を行った。BaFe2As2におけるFe-Fe方向のネマティック揺らぎがRbFe2As2におけるFe-As方向のネマティック揺らぎに変化していく中間領域では両方のネマティック揺らぎが同時に発達するということが明らかとなった。これは磁性体とのアナロジーから、XYネマティック状態の存在を示唆していると考えられ、鉄系超伝導体において新奇なネマティック状態を提案するに至った。
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今後の研究の推進方策 |
上述するように、過剰ホールドープ鉄系超伝導体RbFe2As2、CsFe2As2において新奇なネマティック状態の存在を示す結果が得られた。しかしながら、この新奇電子状態に対してはまだ秩序変数やその温度依存性は分かっていない。さらに、RbFe2As2ではネマティック状態への転移が観測された一方、CsFe2As2においては観測されていない。このことは、両物質の中間領域においてこのネマティック状態の量子臨界点が存在することを示唆している。これらのことを明らかにすることは、新奇なネマティック状態の微視的な起源を解明することのみならず、その量子揺らぎに起因した新しい物性を開拓する可能性に繋がると考えられる。 このことを踏まえ、今後はネマティック転移温度以下の温度域における物理量の面内振動の系統的な測定を行い、秩序変数の温度依存性を明らかにすることが重要であると考えられる。一方、放射光測定等による測定や、磁性に感度を持つプローブを用いた測定を行い、格子系との結合や、磁性の有無等を詳細に調べていく必要がある。これらのことにより、どの電子自由度がこの電子ネマティック状態を駆動しているかの理解につながると期待される。一方、そのような新奇な電子ネマティック状態の微視的な起源が明らかになれば、その電子自由度の揺らぎや量子臨界点の存在が期待される。例えば(Rb,Cs)Fe2As2といった置換系の単結晶試料開発を試み、ネマティック量子臨界点の存在を検証してくことで強相関系における新たな物性の展開が期待される。
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