本研究課題の目的は、超伝導とエネルギー的に競合する秩序(競合秩序)の形成を急冷で避けることで超伝導状態を実現するという、超伝導探索指針を実証することである。既存の枠組みでは超伝導をエネルギー的に最も安定な状態として実現するのに対し、本研究課題は、最安定状態ではないが安定に存在する状態(準安定状態)として超伝導を実現する点で新奇性がある。この超伝導探索指針を実証するために、ゼロ抵抗状態を示さない物質において急冷下でゼロ抵抗状態を実現することと、急冷下で競合秩序の形成が回避された証拠を示すことを計画した。初年度の研究では、電気抵抗測定によって、遷移金属ダイカルコゲナイドIrTe2において急冷下でゼロ抵抗状態を実現すると共に、試料の微細化が冷却速度の上昇と同様の効果があるという計画当初は予測していなかった原理を実証した。 最終年度は、超伝導の発現が競合秩序形成の回避によるものであることを示すために、光学顕微鏡を用いてIrTe2の実空間観測を行った。可視光域では競合秩序形成を捉えることができなかったが、ラマン分光を用いて可視光よりも2桁程度低いエネルギー領域を調べたところ、格子振動の周波数の変化として競合秩序の形成が観測された。この結果を踏まえ、ラマン顕微鏡を用いて、競合秩序形成ダイナミクスの可視化を行った。秩序形成ダイナミクスは試料が小さいほど遅く、小さい試料中には2Kにおいても競合秩序が形成されていない領域が観測された。この結果は、秩序形成の回避によって生成された過冷却状態が、最低温において準安定状態として存在することを示している。このように、初年度に実現されたゼロ抵抗状態が競合秩序形成の回避に起因することを明らかにし、超伝導探索指針を実証した。本研究課題の指針に基づき、スズ系合金でも準安定状態として超伝導の生成に成功しており、本研究課題の成果の波及効果が期待される。
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