大型望遠鏡の高感度化により、宇宙初期に相当する遠方の銀河からも、様々な分子のスペクトル線を捉えられるようになった。近傍天体と比べて空間分解しづらい遠方天体では、分子化学組成は、銀河の構造や運動の状態、温度や密度といった物理パラメータを調べる手がかりになる。本研究では、代表的な高赤方偏移クェーサーであるCloverleafをサンプルとして、ALMA望遠鏡によるラインサーベイ観測で分子化学組成を系統的に調べ、その物理状態と紐づけて特徴づけた。 観測の結果、Cloverleafの分子化学組成は、全体としては近傍高光度赤外線銀河でよく見られるものと似ていること、一方で銀河内部の領域ごとに違いが見られ、HCNやCNといった分子種が特に増加している領域があることがわかった。重力レンズ効果による増光と像の歪曲を考慮して解析したところ、ガスの豊富な回転円盤構造があること、特徴的な分子化学組成は銀河の中心核付近に局在していることが明らかになった。比較として近傍高光度赤外線銀河のHCNとHCO+の高空間分解観測データを解析したところ、HCNの増加した領域は中心核からのアウトフローに付随しているケースが多数見出された。このことから、Cloverleafでは活動性の高い中心核からのアウトフローの影響により局所的に特徴的な組成が見られるという示唆が得られた。 最終年度には、本研究の発展としてALMA望遠鏡で新たに実施した、高赤方偏移サブミリ波銀河Eyelashに対するラインサーベイ観測と、近傍高光度赤外線銀河3天体に対する紫外線輻射に敏感な分子種の高感度・高空間分解観測の基本的なデータ解析にも取り組んだ。今後、高赤方偏移銀河の分子スペクトル線の観測データが充実し、その解釈で重要な近傍銀河の理解も深まることで、本研究の成果がより一層活用されることを期待している。
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