本研究の主な目的は、東北地方や北海道で観測されるスラブ内地震(やや深発地震)の様々な特徴を水の放出・移動という観点から理解することである。しかし研究を進める中で、水の放出場所・放出率に大きく関わるスラブ内部温度構造の定量的な理解が不十分であることが分かってきた。そこでスラブ内部温度構造をより定量的に制約するため以下の2つの研究を行った。1つ目は熱伝導率の異方性(考える方向によって性質が異なること)に焦点を当てたものである。上部マントルの主要構成鉱物であるかんらん石単結晶が熱伝導率の大きな異方性を持つこと、そしてマントル内部の変形によりかんらん石の結晶がある特定の方向に揃うように回転することから、上部マントルの岩石は熱伝導率の異方性を持つと考えられる。そこでこの効果を東北地方沈み込み帯に対して見積もったところ、スラブ内部の温度に与える変化は最大でも30度程度であり小さいことが明らかになった。2つ目は、スラブの温度構造を支配する重要なパラメータである熱伝導率・比熱・熱膨張率に焦点を当てたものである。これらの不確かさまで取り入れた計算を東北地方沈み込み帯に対して行った結果、600度と1200度の等温線の位置はそれぞれ±10 km、±20 km程度の不確かさを持つことが明らかになった。この不確かさまで考慮すると、スラブ内部で蛇紋岩が脱水する場所がスラブ内地震の位置とよく一致する。これはスラブ内地震の発生には脱水が重要な役割を果たすことを示唆する。これらに関する内容をまとめた論文2編が国際誌に掲載された。
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