本研究課題の目的は、熱と塩分によって形成される密度成層流体(熱塩成層流体)において減衰する乱流の性質を明らかにすることである。とりわけ、水中における塩分の拡散は遅く、乱流によって作られる塩分撹乱の最小スケール(バチェラースケール)は、乱流渦の最小スケール(コルモゴロフスケール)の1/30程度と非常に小さくなる。このことは、塩分成層乱流の直接数値計算が極めて高負荷であることを意味し、実際に、本研究課題以前に塩分成層乱流の直接数値計算を実施した例は存在しなかった。そこで、本研究課題を通じて、まずは塩分成層乱流に見られる基本的性質を重点的に調べた。最終年度に得られた成果は以下の通りである。 塩分成層乱流の初期フルード数(密度成層の強さを示す無次元パラメータ)に対する依存性を直接数値計算によって調べた。初期フルード数が概ね1よりも大きな、比較的弱い密度成層に対しては、ポテンシャルエネルギー(塩分撹乱の二乗に比例)のパワースペクトルは、はじめバチェラーの-1乗則に従うが、その後、成層乱流の基本波数において急速に減少し、スペクトルは平坦になる。ここで、成層乱流の基本波数とは、浮力振動数と流体の動粘性係数だけで決定される波数である。一方、初期フルード数が1よりも十分に小さく、密度成層が強い場合には、ポテンシャルエネルギースペクトルにバチェラーの-1乗則は現れなくなる。これは、低波数におけるポテンシャルエネルギーがコルモゴロフ波数以上の高波数へと輸送されるよりも早く、鉛直密度フラックスを介して運動エネルギーへと変換されることで、コルモゴロフ波数以上のポテンシャルエネルギーがあまり生成されなくなるためである。このことは、極めて強い密度成層流体において、シュミット数の効果が表れにくくなることを示唆している。
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