研究課題/領域番号 |
18K13732
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研究機関 | 慶應義塾大学 |
研究代表者 |
伊藤 幸太 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 助教 (20816540)
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研究期間 (年度) |
2018-04-01 – 2021-03-31
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キーワード | ヒト中足部 / ロック機構 / 横足根関節 / 踵立方関節 / 直立二足歩行 / 3次元骨格動態 / X線透視計測 |
研究実績の概要 |
本年度はヒト屍体足を用いたX線透視撮影のための実験条件の決定と予備実験をおこなった.蹴り出し姿勢の再現のために,屍体足標本1個体を足裏が上方を向くようにX線透視装置に取り付け,上方から床面を接触させた.下腿の姿勢は歩行中の立脚期80%における姿勢を参考に,床面に対して60°とし,足関節から下の足部の底屈姿勢はアキレス腱を釣り糸で牽引することで再現した.アキレス腱には2本の釣り糸を通し,プーリを介してそれぞれにおもりを分配してかけることで,最大600N程度の力をアキレス腱にかけることができるようにした.床面は鉛直方向にのみ位置調整を可能とし,床面位置とアキレス腱の牽引力を調節することで足部の姿勢を決定した.足底に対する床面の鉛直方向位置4条件とアキレス腱張力5条件,計20条件でX線透視撮影をおこなった.足底に対する床面の鉛直方向距離が大きくなるとともに,アキレス腱を牽引した際の足部姿勢は底屈位となり,ヒト実歩行中の蹴り出し時に観察されるような足趾の背屈も観察された.さらに床面位置を固定した状態でアキレス腱の牽引力を強めていくと,中足部がわずかながら背屈していく様子がX線透視画像から確認された. 上記の屍体足実験と並行して,ヒト足部の有限要素解析をおこなった.有限要素解析には成人男性1名の足部CT断層画像から構築された有限要素モデルを用い,解析条件はヒトの静止立位を模擬して,足部を鉛直方向に床面に押し付けた状態でアキレス腱に張力を与えるような計算をおこなった.その結果,骨の3次元的な姿勢変化だけでなく,X線透視解析からは得られない,足底の床反力分布や,各関節における反力といった力学的情報も取得できるようになった. また,蹴り出し時における解析の前段階としておこなった,ヒト足部と類人猿足部の鉛直静荷重下における骨格動態計測の結果をまとめ,国際学会で発表をおこなった.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度は,屍体足を用いたX線透視計測の計測環境の整備と予備実験,そしてヒト足部の有限要素解析をおこなった.X線透視計測においては,釣り糸の耐久性や,装置の剛性の問題から,蹴り出し姿勢の再現に十分なアキレス腱の牽引力を作り出せていないことが課題であった.これに関してはアキレス腱に複数の牽引糸を通して荷重を分配し,装置全体の剛性を高めるように改良をおこなったことで,より実歩行時に近いアキレス腱張力と足部姿勢を実現することができた.また,床面と足部の鉛直方向の相対位置や,床面に対する屍体足の下腿角度を調節可能とするように改良をおこなった.その結果,アキレス腱張力・下腿姿勢・床面位置を決定することで,足部の蹴り出し姿勢を一意に定めることが可能となった.屍体足標本の入手機会が限られている中で,数回の予備実験を通して上記のような計測方法および計測条件の決定に至ったため,当初の予定よりも本実験の開始が遅れている.次年度は,本年度で決定された計測方法および計測条件に基づいて,複数標本でX線透視データを蓄積していく予定である.また,ヒトおよび類人猿屍体足の鉛直静荷重条件における骨格動態の比較解析を発展させ,類人猿足部の蹴り出し時の骨格動態計測をおこない,ヒト中足部の直立二足歩行適応に関する考察に役立てたいと考えている. 有限要素解析に関しては,解剖学的に精密なヒト足部モデルを用いて,静止立位条件における足部の有限要素解析が実現可能であることを確認した.屍体足を用いた蹴り出し姿勢再現のための力学的条件を決定するまでに時間がかかったため,あくまで有限要素モデルの有用性や実行可能性を確認するにとどまっていたが,次年度は屍体足計測と同様に蹴り出し条件における解析を開始する.
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今後の研究の推進方策 |
(1)蹴り出し時のヒト中足部骨格姿勢の3次元再構築 屍体足標本1個体を用いて,現在の枠組みによって蹴り出し姿勢の再現と骨格姿勢の観察が可能であることを確認した.今後はモデルマッチング手法を用いて,足部の姿勢とアキレス腱の張力によって中足部の骨格姿勢がどのように変化しているのか定量化をおこなう.また,標本数を増やして同様の計測および解析をおこない,歩行中の蹴り出し姿勢におけるヒト中足部の典型的な変形傾向を明らかにする. (2)蹴り出し時のヒト足部有限要素解析 解剖学的に精密なヒト足部有限要素モデルを用いて,静止立位時における有限要素解析をおこなった.今後は,X線透視計測と同様の力学的条件を再現し,蹴り出し姿勢の足部有限要素解析をおこなう.X線透視計測では取得困難な力学的データから,中足部の姿勢変化関節間力や床反力にどのように影響しているのか考察をおこなう.モデルの評価は,(1)から明らかになる屍体足骨格姿勢の変化傾向と,有限要素解析における骨格姿勢の変化傾向を比較することでおこなう.また,屍体足計測では再現が困難な,動的な歩行運動における解析をおこなうために,ヒト足部の有限要素モデルに強制変位を与えて,歩行立脚期中の足部有限要素解析を試みる. (3)蹴り出し時の類人猿中足部骨格姿勢のX線透視計測 (1)から明らかになる蹴り出し時のヒト中足部骨格動態において,具体的にどのような骨運動がヒトで特徴的であるのかを理解するために,類人猿の屍体足を用いて蹴り出し時のX線透視計測をおこなう.類人猿屍体足との比較から,ヒト中足部のロック機構がヒト特有のものなのか,そしてヒトの中足部形態が直立二足歩行にいかに有利にかたちづくられているのかを,具体的に明らかにできることが期待される.
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次年度使用額が生じた理由 |
本研究の核となるX線透視システムと屍体足を用いた実験は,慶應義塾大学医学部でしかおこなうことができない.2020年度より研究代表者の所属が大阪大学に変わったことで,実験を行うための旅費が必要となると考えた.また,屍体足実験のデータ数を増やすためにも今後定期的に慶應義塾大学医学部を訪れて実験を行う必要がある.そのため,本年度の使用額を抑え,次年度に旅費として使用できる研究費を確保するようにした.
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